
大過(たいか)は、大なるものが過ぎる、大いに過ぎる、という意味。大なるものが盛んに過ぎ、行き過ぎている。
この卦全体を一本の棟(むなぎ)として見ると、この卦の中部は四つの陽爻で重い。両端は陰爻で小さく弱い。中部の重さを両方の端で支えることができず、棟が下に向って曲がりたわみ、家は倒れようとしている。
国家であれば危機存亡の時。権臣の勢力があまりに強く、下層の人々は困窮し、上層の人たちは全く力がない。すると結局、力を持った勢力も衰え滅びる。蘇我氏、藤原氏、平氏などが頂上に達し、滅びたのは大過の禍。
大過の状況でじっとして何もしないでいれば倒れる他はない。このまま放っておくことはできないので、進んで行ってそれを処置しなければならない。陽にして剛なる勢力があまりに盛んであって、危急存亡の情態にある大過の場合に処する道は、柔をもって剛を調和するがよいというのが大過の卦の教え。力足らず、準備も十分でなく権力ある人たちと正面衝突はしない。
Dàguò — Harmonizing the Hard through the Soft
Dàguò (Great Excess) signifies that what is great has gone too far—that something powerful has become excessive and overextended.
If we view this hexagram as a single ridgepole, its middle section is heavy, consisting of four yang lines. The two ends, composed of yin lines, are small and weak. Unable to support the weight of the middle, the ridgepole bends downward, and the house is on the verge of collapse.
For a nation, this is a time of crisis—one of survival or collapse. The power of influential ministers becomes too strong; the lower classes are impoverished, while those at the top are entirely without effective power. In the end, even dominant powers decline and perish. The rise and fall of the Soga, Fujiwara, and Taira clans—who reached the height of power only to collapse—illustrate the calamity inherent in Dàguò.
In a situation of Dàguò, if one remains still and does nothing, collapse is inevitable. Since it cannot be left as it is, one must step forward and deal with it. The teaching of the Dàguò hexagram is this: when a rigid, forceful power grows too strong and the situation reaches a point of crisis, the proper course is to harmonize the rigid through softness. One should not confront those in power head-on when one lacks sufficient strength and preparation.
彖(たん)の辞
大過。棟橈。利有攸往。亨。
大過(たいか)は、棟(むなぎ)撓(たわ)む。往(ゆ)く攸(ところ)有(あ)るに利(よろ)し。亨(とお)る。
読書メモ
- 大過(たいか)は、大なるものが過ぎる、大いに過ぎる、という意味。大なるものが盛んに過ぎ、行き過ぎている。
- この卦は重要なる中部の四爻がすべて陽爻で、上下の比較的重要でない位置に陰爻がわずかに二本ある。大なるもの、すなわち陽爻が盛んで行き過ぎている。
- この卦全体を一本の棟として見るとき、この卦の中部は四つの陽爻であり重い。両端は陰爻で小さく弱い。中部の重さを両方の端で支えることができず、棟が下に向って曲がりたわみ、家は倒れようとしている。
- 中部が両方の端の割合にすれば不相応に大きく思い。これが大過。
- 中部があまりに充実しており、上下があまりに貧弱。上と下があまりに弱っているので、中部の盛んな強い階級もついに衰え滅びる。権臣や軍閥あたりの勢力があまりに強くあまりに盛んで下層の人々は困窮し、上層の人たちは全く力がない。結局、力を持った勢力も衰え滅びる。蘇我氏、藤原氏、平氏などが頂上に達し、滅びたのは大過の禍。
- 兌上巽下の卦。兌は沢、巽は風だが、ここでは木と見る。巽の木の上に兌の沢の水がおおいかぶさっている。沢の水は木にとって必要ではあるが、あまりに多すぎるために、木は枯れてしまう。いくら自分のために必要なものであっても、あまりに多すぎては自分が滅びる。それが大過。
- 山雷頤から沢風大過に移るのは、頤で大いに養われたものが大いに動くから。大いに動くと大いに行き過ぎる。
彖の辞の解説
- 大過は、大なるものが不釣り合いに大き過ぎて盛ん過ぎる。
- 棟(むなぎ)があまりに大きくて重く、それを支える本と末があまりに小さいので棟が下に曲がりたわんでいる。家は危険な状態にある。国であれば危急存亡の情態。
- このまま放っておくことはできないので、進んで行ってそれを処置しなければならない。それが上手くいけばさかんに伸び栄えることができる。禍転じて福となすことができる。それが「往(ゆ)く攸(ところ)有(あ)るに利(よろ)し。亨(とお)る」。
- じっとして何もしないでいれば倒れる他はない。
- 下の巽の卦は従順なる徳、上の兌の卦は和らぎ悦ぶ徳を持っている。この卦では、勢力盛んなる権臣に対して、剛にして中、巽順にして和悦という柔らかな徳をもって、徐々に指導補佐して形勢を挽回することをつとめ行うべきことを教える。
- 陽にして剛なる爻の勢力があまりに盛んであって、危急存亡の情態にある大過の場合に処する道は、柔をもって剛を調和するがよいというのが大過の卦の教え。
- 力足らず、準備も十分でなく権力ある人たちと正面衝突はしない。

