子罕第九

論語【子罕第九】232. 目標は高く持つ

先生は弟子の子路が、人をねたんだり富をむさぼることがないことをほめました。子路がそれを喜んでいると今度は、それだけのことで満足するようでは足りない、と注意されました。りっぱな志を持つこと、そのために行動で実践することこそ、先生は重視されたの...
子罕第九

論語【子罕第九】231. 志は奪われることがない

何万もの兵を率いる軍隊から、総大将を奪い取ることはできても、たった一人のごく当たり前の人からその志を奪うことはできない、と先生はおっしゃいます。私たちの心の働きはそれくらい強い力を持っているんですね。 One’s Resolve Canno...
子罕第九

論語【子罕第九】230. 誠実に、向上心を持って、過ちは改める

先生はこのようにおっしゃいました。まごころを尽くすこと、嘘偽りがないことをまず第一に大切にしなさい。自分より人格的にすぐれた人を友人として学びなさい。過ちをおかした時は、ためらうことなくそれを認めて改めなさい。Be Sincere, Cul...
易経

【易経講話】28. 沢風大過ー柔をもって剛を調和する

大過(たいか)は、大なるものが過ぎる、大いに過ぎる、という意味。大なるものが盛んに過ぎ、行き過ぎている。この卦全体を一本の棟(むなぎ)として見ると、この卦の中部は四つの陽爻で重い。両端は陰爻で小さく弱い。中部の重さを両方の端で支えることがで...
子罕第九

論語【子罕第九】229. よい言葉を聞いたら行動を変える

先生は、よい言葉を聞いたときに、「その通りですね」と従ったり、「よいことを聞いた」とただ喜んだりする以上に、その言葉の意味をよく考えてひもとき、自分にひきつけて考えて「それではこうしよう」と行動を変えることこそ大事だとおっしゃいます。学んだ...
老子 道徳経

老子【歸元第五十二】内なる光で道に立ち返る

私たちはみな、この大宇宙・大自然の生みの親である「道」の子です。それを知り、母である道の教えを守れば一生危うさがない、と老子は言います。心の平静を保つには余計な外界からの刺激はシャットアウトすること。それに反応して行動していれば一生救われな...
子罕第九

論語【子罕第九】228. 若者い人はおそるべき

先生は、若い人はあなどれない、これからの人が今の世代に及ばないとは言えない、とおっしゃいます。でも40、50になっても評判が世に聞こえないようであれば、それはもうおそれるには足らないけれど、とも。若いことはエネルギーであり可能性。そのエネル...
子罕第九

論語【子罕第九】227. 花は咲いても実らないことがある

先生は、また夭折した弟子、顔淵の話をされているのでしょうか。芽は出ても花は咲かないものがある、花は咲いても実らないものもある、と嘆きのような口調でおっしゃっています。人それぞれ、プロセスを急ぐことなく、淡々と行って「六十にして耳順う、七十に...
子罕第九

論語【子罕第九】226. 日々新たな気持ちで山を登る

顔淵は先生が期待をかけた優秀な弟子でしたが、夭折してしまいました。先生は顔淵がいなくなったことを残念だとおっしゃいます。顔淵は常に進歩し続ける弟子でした。ちょっとひとやすみ、もうこれで良いということはありません。「日々新たなり」で夜が来てま...
子罕第九

論語【子罕第九】225. 発憤が自己啓発の基本

先生は、教えを受けると怠ることなく、教えていないことまで自ら自発的に取り組むのは顔回くらいだ、と弟子の顔回をほめています。自らやろうと発憤しない人に教えても意味がないと先生は考えています。発憤することが自己啓発の基本です。Inner Dri...