芸術論

八佾第三

論語【八佾第三】65. 美しい音楽とは

音楽がお好きな孔子先生がまた音楽の批評をしています。古代の聖王である舜が作った楽曲については、「至高の美であり、善である」とおっしゃいましたが、同じく古代の聖王である武王が作った楽曲については「至高の美であるが、至高の善であるとはいえない」...
八佾第三

論語【八佾第三】63. 孔子先生の音楽論

孔子先生は音楽が好きでした。礼の話が多い「八佾第三」で、なぜ突然音楽の話になるのかと思いますが、「礼楽(れいがく)」といって古代中国では儀式に音楽が用いられるなど、礼と音楽は近い存在として儒家ではどちらも尊重されていました。孔子先生は、音楽...
八佾第三

論語【八佾第三】60. 詩経の冒頭を味わう

漢文と書き下し文子曰、關雎樂而不淫、哀而不傷。 子(し)曰(いわ)く、関雎(かんしょ)は楽(たの)しみて而(しか)も淫(いん)せず、哀(かな)しみて而(しか)も傷(やぶ)らず。現代語訳孔子先生はこのようにおっしゃった。「詩経冒頭の関雎(かん...
為政第二

論語【為政第二】18. 心のままを語る

子(し)曰(いわ)く、詩(し)三百(さんびゃく)、一言(いちげん)以(もっ)て之(これ)を蔽(おお)う。曰(いわ)く、思(おも)い邪(よこしま)無(な)し。孔子先生はこのようにおっしゃった。「詩経には三百の詩が掲載されているが、全体に共通し...