
4番目の卦は「山水蒙」。
天と地をお父さん、お母さんとして生まれた子どもは、あるいは始まったばかりの事業は、まだまだ幼稚で未熟です。まだ先行きを見通す力などはなく、蒙昧で、智慧にとぼしい状態です。
しかし後には大いに伸びて盛んに発達する可能性を秘めていますから、良き師匠を得て教えを乞う必要があります。
そこで「山水蒙」の卦では、教える人と教えられる人のあるべき道を説いています。
① 純粋な心で教えを受ける人は必ず大いに伸びて盛んに発達する。
② 教えを受ける人から、師匠に教えを求めるべき。
③ 教えを受ける人が純粋な真心をもって教えを受けようとするときに、始めて教える。
④ 教える人も教えられる人もともに純一で雑じりもののない真心をもって教えを受け、授ける。
⑤ 教える人は、山のごとき仁と水のごとき知を具えていて始めて人を教えるに足る。
彖(たん)の辞
蒙亨。匪我求童蒙。童蒙求我。初筮告。再三涜。涜則不告。利貞。
蒙(もう)は亨(とお)る。我(われ)、童蒙(どうもう)に求(もと)むるに匪(あら)ず。童蒙(どうもう)、我(われ)に求む。初筮(しょぜい)には告(つ)ぐ。再三(さいさん)すれば涜(けが)る。涜(けが)るれば即(すなわ)ち告(つ)げず。貞(ただ)しきに利(よろ)し。
読書メモ
- 蒙は昧(くら)きなり。知恵がまだ明らかでなく蒙昧。
- 物が始めて生まれ出たときには必ず蒙。まだ幼稚。人が始めて生まれ出て幼少であるときや、始めてある仕事をするときには蒙昧。先が分からない中を進んでゆく。
- 蒙の卦は、今は蒙昧で明らかでないけれども、そのうちに必ず智慧が明らかに開ける。人がまだ幼稚な時であって、本性が蒙昧なのではない。まだ十分に発達していないのが蒙。
- 九二が師匠となり、弟子を教え導く。九二が主爻で、理想的な師匠。教える人は、山のごとき仁と水のごとき知を具えていて始めて人を教えるに足る。六五が理想的な童蒙。
- 教えを受ける人(童蒙)は、赤子のような心、純一にして雑じりもののない真心をもって教えを受けるべき。師匠も純一にして雑じりもののない真心をもって教えを授ける。
- 蒙の卦は、主として教える人と教えられる人との道を説く。
彖(たん)の辞の解説
- 弟子たる童蒙の方から教えを受けたいと願い求めることで、始めて教える。
- もし童蒙が純粋でなく、疑惑の心、半信半疑の心をもって教えを求めるときは、それは道を涜(けが)すものであるから、師たるものは教えない。
- 彖の言葉は四節からなる。①純粋な童蒙は必ず大いに伸びて盛んに発達する。②童蒙が師匠に教えを求めるべき。③童蒙が純粋な真心をもって教えを受けようとするときに、始めて教える。④教える者も教えられる者もともに正しい道をもってしなければならない。


