
書き下し文
天地不仁(てんちふじん)、万物(ばんぶつ)をもって芻狗(すうく)と為(な)す。聖人不仁(せいじんふじん)、百姓(ひゃくせい)をもって芻狗(すうく)と為(な)す。天地の間(かん)、それなお槖籥(たくやく)のごときか。虚にして屈(つ)きず、動(うご)いていよいよ出ず。多言(たげん)はしばしば窮(きゅう)す。中(ちゅう)を守るに如(し)かず。
現代語訳
天地に愛情はない。全てを祭礼用の藁(わら)の犬のように扱う。聖人に愛情はない。庶民を祭礼用の藁(わら)の犬のように扱う。天地の間は、火をおこす送風機であるふいごのようだ。空っぽなのに終わりがなく、動いてどんどん出て来る。言葉数が多いとしばしば窮地に立たされる。心は空にしておくのが一番良い。
字句の解説とコメント
- 天地不仁(てんちふじん):天地には愛情がない。愛情がないからえこひいきもない。
- 聖人不仁(せいじんふじん):聖人(道の在り方を自分の在り方とするりっぱな人)には愛情がない。上に立つ人が万人を公平に愛することはできない。誰かには愛情があるけど誰かには無い、となってしまえばえこひいき。それくらいなら役割として割り切って、えこひいきになるような愛情はかけない。ひとりひとりを全員認めているけど、特別に愛情をかけることは無い方がいい。
- 芻狗(すうく):祭礼用のわらの犬。祭礼用という役割があって、用が終わったら捨てられる。
- 槖籥(たくやく):ふいごのこと。火をおこすための木製の送風機で、機械・金属加工工業(かつての鍛冶屋)の護り神的な存在。
- 中(ちゅう)を守るに如(し)かず:虚心が一番よい。「中」はからっぽの意味。思惑を持たないということ。心を空にすることで自由な自分を獲得してゆくことができる。
また、「中庸」に近い意味もある。根本ということ。中はなかをとる、ではない。全体が左に寄っている中では、真ん中が左寄りになるから、そういう求め方は間違う。根源、長期をとれということが「中」で、その意味あいも入っている。 - 心がいっぱいは絶体絶命。それでは創作活動とかできない。なんとか工夫して空にしておくことが重要。なんとか工夫してというのは、例えば座禅をするとか。

