
言葉少なく、おだやかにしなやかにあることこそ、
自然の在り方と調和して生きる道だと、老子は語ります。
宇宙の根源である「道」と共に生きる人に出会えば、
自分もまた「道」を生きる者としてその人と心を通わせ
徳のある人格者に出会えば、自分も徳を大切にする者として、つながりを結び
道も徳も失っているような人に出会えば、その人と同じ立場になって接する。
そうすれば、相手もまた、自分と同じような友を得たと楽しむ。
誰と出会っても、いつわりのない心で相手を信じる。
それがなければ、相手の信頼を得ることはできないと、老子は言います。
漢文と書き下し文
希言自然。飄風不終朝、驟雨不終日。孰爲此者、天地。天地尚不能久、而況於人乎。故從事於道者、道者同於道、德者同於德、失者同於失。同於道者、道亦樂得之。同於德者、德亦樂得之。同於失者、失亦樂得之。信不足焉、有不信焉。
希言(きげん)こそ自然(しぜん)なれ。飄風(ひょうふう)は朝(あした)を終(お)えず、驟雨(しゅうう)は日(ひ)を終(お)えず。孰(たれ)か此(これ)を為(な)す者(もの)ぞ。天地(てんち)なり。天地(てんち)すら尚(な)お久(ひさ)しきこと能(あた)わず、而(しか)るを況(いわ)んや人(ひと)に於(お)いてをや。故(ゆえ)に道(みち)に従事(じゅうじ)する者(もの)は、道(みち)ある者(もの)には道(みち)に同(おな)じくし、徳(とく)ある者(もの)には徳(とく)に同(おな)じくし、失(うしな)へる者(もの)には失(うしな)へるに同(おな)じくす。道(みち)に同(おな)じくすれば、道(みち)あるものも亦(また)之(これ)を得(う)るを楽(たの)しむ。徳(とく)に同(おな)じくすれば、徳(とく)あるものも亦(また)之(これ)を得(う)るを楽(たの)しむ。失(うしな)へるに同(おな)じくすれば、失(うしな)へるものも亦(また)之(これ)を得(う)るを楽(たの)しむ。信(まこと)足(た)らざれば、焉(ここ)に不信(ふしん)有(あ)るなり。
現代語訳
言葉が少ないことこそ、自然なあり方だ。
激しく吹く風が朝のうちずっと続くことはなく、 激しい雨が一日中降り続くこともない。
では、誰がこうしたことを起こしているのか。それは天地だ。
天地ですら、激しさを長く保つことはできないのだから、
まして人間においては、穏やかさと言葉の少なさを大切にするのがよい。
だから、道に従って生きる人は、 道のある人には道を共にする者として、
徳のある人には徳を共にする者として、
道も徳も持たない人には、それと同じ立場で接する。
道を共にすれば、道のある者もまた、そのつながりを喜ぶ。
徳を共にすれば、徳のある者もまた、そのつながりを喜ぶ。
道も徳もない者に対しても、同じ立場で接すれば、
その人もまた、自分を理解してくれる友を得たことを喜ぶ。
心から相手を信じないなら、相手の心にも信頼は生まれない。
解説
- 希言(きげん):稀な言葉
- 飄風(ひょうふう):にわかに激しく吹く風。はやて。つむじ。
- 驟雨(しゅうう):にわか雨。急に降り出してまもなくやんでしまう雨。
- 道(みち)ある者:宇宙の根源である道と共に生きる人
- 信(まこと):言行にうそ偽りがないこと。あざむかないこと。いつわらないこと。


