
書き下し文
営魄(えいはく)に載(の)り一(いち)を抱(いだ)いて、能(よ)く離(はな)るること無(な)からん。気(き)を専(もっぱ)らにし柔(じゅう)を致(いた)して、能(よ)く嬰児(えいじ)たらん。玄覧(げんらん)を滌除(てきじょ)して、能(よ)く疵(し)無(な)からん。民(たみ)を愛(あい)し国(くに)を治(おさ)めて、能(よ)く無為(むい)ならん。天門(てんもん)開闔(かいこう)して、能(よ)く雌(し)たらん。明白四達(めいはくしたつ)にして、能(よ)く無知(むち)ならん。之(これ)を生(しょう)じ、之(これ)を畜(やしな)ひ、生(しょう)じて有(ゆう)せず、為(な)して恃(たの)まず、長(ちょう)じて宰(さい)せず。是(これ)を玄徳(げんとく)と謂(い)う。
現代語訳
心身のはたらきで生きている私たちは、ただひとつ道の教えを大切にして、精神、身体、道の教えがばらばらになってしまうことのないようにしなければならない。精神は道の教えひとつに集中させ、また柔軟にして、赤ちゃんのようであるのが良い。すると心が洗い清めれれるから、あやまちが無くなる。民衆を愛し国を治めても無為であるのが良い。天の門は開いたり閉じたりして生命を生み出し、動物のメスのようであることに倣うと良い。物事がはっきりと分かり、四方の出来事に通じていても、無知であるのが良い。物事を生み出し、物事を育て、生みだしても所有はせず、成果があっても見返りを求めず、成長させても支配しない。これを奥深い徳という。
字句の解釈とコメント
- つねに精神統一した方がいい。それには、赤ちゃんみたいに無心がいい。日向ぼっこをすると、無心に近づける。心労とか心配は気が入ってくることを遮断している。
- 無為は流れを見守ること。自分の閉鎖的なところを開く勇気を持つ。そうすると見えてくるから、既成概念でものを見ない。
- 営魄(えいはく):心身のはたらき
- 一(いち)を抱(いだ)いて:道との一体感を重視して
- 気(き):心や意識、生命の状態や働き、精気
- 専(もっぱ)ら:ひとつのことに集中するさま。ひたすら。ただただ。
- 嬰児(えいじ):赤ちゃん
- 玄覧(げんらん)を滌除(てきじょ)して:心を洗い清めて。 玄覧(げんらん)は奥深い鏡で心、滌除(てきじょ)は洗いすすぐ。
- 疵(し):きず、欠点、あやまち
- 天門(てんもん)開闔(かいこう)して:天門(てんもん)は万物が生ずる門戸。開闔(かいこう)は開いたり閉じたりすること。
- 明白四達(めいはくしたつ):物事がはっきりとわかり、四方の出来事に通じている
- 恃(たの)む:あてにする、見返りを期待する
- 長(ちょう)じて宰(さい)せず:成長させても支配しない。

