
孔子先生には三千人の弟子がいたと言われていますが、その中でも論語への登場回数も多く、孔門十哲にも数えられている子貢(しこう)さんは、エリートです。それでも、孔子先生にどう評価されているか気になるらしく、「私はいかがでしょうか」と先生に直接お聞きしています。
すると孔子先生は、「お前は器だ」とお答えになりました。「君子は器ならず」ともおっしゃっている先生ですから、子貢さんは一瞬、えっと思ったのではないでしょうか。しかしそこは子貢さんですから、めげずに「何の器でしょうか」と重ねてお聞きします。すると先生は「祭礼に使う格の高い器だ」とお答えになるのです。
子貢さんは先生の言葉の意味を考えたのではないでしょうか。孔子先生の言葉には謎もありますが、子貢さんに成長して欲しいという思いもありそうです。
“Zigong as a ‘Noble Vessel’“
It is said that Confucius had 3,000 disciples, but among them, Zigong stood out as an elite—frequently mentioned in the Analects and counted among the “Ten Philosophers” of Confucius. Despite his accomplishments, Zigong seemed concerned about how he was viewed by his teacher and once asked directly, “What do you think of me?”
Confucius replied, “You are a vessel.” Since the teacher had also said, “A true gentleman is not a vessel,” Zigong may have been momentarily puzzled. But being who he was, he didn’t lose heart and pressed further, asking, “What kind of vessel?” Confucius answered, “A vessel of high quality, used in ceremonial rites.”
One can imagine Zigong reflecting deeply on his teacher’s words. Confucius’s teachings often carry layers of meaning, and perhaps within this cryptic reply was also a desire for Zigong to continue growing.
漢文と書き下し文
子貢問曰、賜也何如。子曰、女器也。曰、何器也。曰、瑚璉也。
子貢(しこう)問(と)いて曰(いわ)く、賜(し)や何如(いかん)と。子(し)曰(いわ)く、女(なんじ)は器(き)なりと。曰(いわ)く、何(なん)の器(き)ぞやと。曰(いわ)く、瑚璉(これん)なりと。
現代語訳
子貢が孔子先生に「私はいかがでしょうか」と質問した。孔子先生は「おまえは器ものだ」と答えた。「何の器でしょうか」と重ねて聞くと、「祭礼に使う格の高い器だ」とおっしゃった。
解説
- 子貢(しこう):孔子の弟子で、孔子より三十一歳年少。孔門十哲のひとり。弁舌に優れ衛、魯でその外交手腕を発揮した。商才に恵まれ、孔子門下で最も富んだ。子貢は字で、名前は賜(し)。
- 器(き):器(うつわ)、道具、機械のこと。用途が決まっていて、その用途だけにしか使えないから、守備範囲が狭い。専門家で、ジェネラリストではないというニュアンスがある。
「論語【為政第二】28. 自分の可能性を広げる」参照 - 瑚璉(これん): 五穀を盛って神前に供える器。中国古代、夏では瑚といい、殷では璉といったもの。礼器のうち貴いものの一つ。高貴な人格、人材。
- 参考:子貢は、「論語【雍也第六】126 」では孔子先生に「賜(し)や達(たつ)なり」と評されている。 達(たつ)とは、「物事によく通じる、じょうずにこなす」意味。だから政治を担当させても問題ない人物である、と季康子の質問に答えている。

