
孔子先生が、弟子の曾子(そうし)さんと話しています。
曾子は、孔子より親子以上に若い弟子ですが、孝の道に優れ、『孝経』や『大学』の著者といわれています。また孔子の孫である子思(しし)を弟子とし、孟子は子思の弟子であったと言われていますから、儒学の学統の継承者ともいえます。孔子先生と同様に、姓である「曾」に、先生としての敬称「子」をつけて呼ばれていることからも、門下生の中でも先生級であったことが分かります。
さて、そんな曾子さんに、孔子先生が、「私の道はただひとつだよ」と少々謎なことをおっしゃいますと、曾子さんには伝わったらしく、「そのとおりですでございます」と答えます。
そこで孔子先生が外出された後、今度は他の弟子たちが曾子さんに「さっきのはどういう意味でしょうか」と教えを請います。曾子さんはこれに答えて、「先生の道は、『忠恕(ちゅうじょ)』だけで貫かれているんだよ」と答えます。
「忠恕」とは、誠実さと思いやりのことです。
「忠」は中なる心で、真心からの誠実さ。「恕」は女巫がお祈りして神意をはかる意味の「如」と「心」からできた字で、他の心意をうかがいはかること。孔子先生が重視されている仁への道は、まごころから他を思いやることであることが分かります。
この章句では、孔子先生が相手によって話し方を変えていたことも分かります。若くて優秀な弟子の曾子とはこんな風にあうんの呼吸で会話したのですね。
漢文と書き下し文
子曰、參乎、吾道一以貫之。曾子曰、唯。子出。門人問曰、何謂也。曾子曰、夫子之道、忠恕而已矣。
子(し)曰(いわ)く、参(しん)や、吾(わ)が道(みち)は一(いつ)以(もっ)て之(これ)を貫(つらぬ)くと。曾子(そうし)曰(いわ)く、唯(い)と。子(し)出(い)づ。門人(もんじん)問(と)いて曰(い)わく、何(なん)の謂(いい)ぞやと。曾子(そうし)曰(いわ)く、夫子(ふうし)の道(みち)は、忠恕(ちゅうじょ)のみと。
現代語訳
孔子先生が「参よ、私の道はただひとつだ」とおっしゃった。曾子は、「そのとおりです」と答えた。孔子先生が出掛けられた後に、他の弟子たちが「どういう意味でしょうか」と質問した。曾子は、「先生の道は、真心から他を思いやる『忠恕』で貫かれているんだ」と答えた。
解説
- 参(しん)/曾子(そうし):孔子より46歳若い、主要な弟子のひとり。曾子の弟子に孔子の孫の子思(しし)が、その子思の弟子に孟子がいた。孝の道(親孝行)に優れており『孝経』『大学』の著者。参(しん)は、諱(いみな)で、諱で呼びかけることは親や主君などのみに許される。曾は姓、子は先生に対する敬称。
- 唯(い):相手のことばに謹んで従うことを表わす返事のことば。はい。
- 門人(もんじん):他の弟子たち
- 忠恕(ちゅうじょ):誠実と思いやり。忠は中なる心、真心からの誠実さ。如には女巫がお祈りして神意をはかる意があり、恕は他の心意をうかがいはかること。忠恕は仁への道。


