論語【八佾第三】66. 人として誠があるか

孔子先生がこのように語っています。
「人の上に立って寛容でなく、礼を行ってうやまいつつしむ心がなく、葬儀に参列して悲しまない人は、人として見どころがない」

儒教のリーダーの資質としては、「書経」の九徳(リーダーの9つの資質)にも、最初に「寛(かん)にして栗(りつ)=寛大だが、厳格さがある」とあり、上司は厳しさだけでなく寛大な心を持っていることも同時に重要という教えです。
そして真心、誠意がないのはダメで、誠があるかどうかが人として重要なところだと孔子先生は言われています。

漢文と書き下し文

子曰、居上不寛、爲禮不敬、臨喪不哀、吾何以觀之哉。

子(し)曰(いわ)く、上(かみ)に居(い)て寛(かん)ならず、礼(れい)を為(な)して敬(けい)せず、喪(も)に臨(のぞ)みて哀(かな)しまずんば、吾(われ)何(なに)を以(もっ)て之(これ)を観(み)んや。

現代語訳

孔子先生はこのようにおっしゃった。「人の上に立っていながら寛容でなく、礼を行うのにうやまい慎む心がなく、葬儀に参列して悲しまないなら、私はその人には見どころがないと思う。」

解説

  • 上(かみ)に居(い)て:人の上に立って
  • 寛(かん):寛容
  • 参考:「書経」の九徳(リーダーの9つの資質)にも、最初に「寛(かん)にして栗(りつ)=寛大だが、厳格さがある」とある。
  • 礼(れい)を為(な)して:礼は理(ことわり)。条理(すじみち)。すべてのことにすじみちを立てて整理すること。礼儀作法、儀式、管制、法制、規則。
  • 敬(けい)す:うやまう。うやまいつつしむ。
  • 喪(も)に臨(のぞ)みて:葬儀に参列して