論語【八佾第三】65. 美しい音楽とは

音楽がお好きな孔子先生がまた音楽の批評をしています。

古代の聖王である舜が作った楽曲については、「至高の美であり、善である」とおっしゃいましたが、同じく古代の聖王である武王が作った楽曲については「至高の美であるが、至高の善であるとはいえない」とおっしゃいました。

何が違うのでしょうか。古代中国には易姓革命(えきせいかくめい)という政治思想があり、天命によって王朝が交代すると考えられていました。王朝の交代の時、君主の地位を一族以外の有徳者に平和的に譲り渡すことを「禅譲(ぜんじょう)」といい、天から命ぜられた聖人が、天に代わって暴君を討ち、王朝を交代させることを「天誅(てんちゅう)」といいます。

舜は禅譲により堯から位を譲り受けたのに対し、武王は悪政を行っていた殷王朝の紂王を武力で討って周を建国しました。周の建国は儒教の思想では天誅とも考えられますが、それでも武力で前の王朝を倒したことについて、「善の至りとはいえない」と孔子先生は考えていらっしゃるようです。

漢文と書き下し文

子謂韶、盡美矣、又盡善也。謂武、盡美矣、未盡善也。

子(し)韶(しょう)を謂(い)う、美(び)を尽(つ)くせり、又(また)善(ぜん)を尽(つ)くせり。武(ぶ)を謂(い)う、美(び)を尽(つ)くせり、未(いま)だ善(ぜん)を尽(つ)くさざるなり。

現代語訳

孔子先生は、古代の聖王である舜が作った楽曲について、「至高の美であり、善である」とおっしゃった。同じく古代の聖王である武王が作った楽曲について「至高の美であるが、至高の善であるとはいえない」とおっしゃった。

解説

  • 韶(しょう):古代の聖王である舜が作った楽曲。 舜は堯からの禅譲により王位を得たと書経にある。 禅譲とは、帝王がその位を世襲せず、平和的に有徳者に譲ること。
  • 武(ぶ):周を建国した武王が作った楽曲。 武王は、周の建国にあたり、悪政を行っていた殷王朝の紂王を武力で討ち、周を建国した。
  • 参考:易姓革命(えきせいかくめい) 古代中国には易姓革命という政治思想があり、天命によって王朝が交代すると考えられていた。その王朝の交代の時、君主の地位を一族以外の有徳者に平和的に譲り渡すことを「禅譲(ぜんじょう)」といい、天から命ぜられた聖人が、天に代わって暴君を討ち、王朝を交代させることを「天誅(てんちゅう)」という。
  • 参考:中国の歴史 https://ling.jp/hyakuji-hyakudoku/rongo-39/#toc4