論語【八佾第三】62. 孔子先生の物質主義批判

孔子先生は、一世紀前の隣国・斉の政治家である管仲(かんちゅう)を批判しています。
管仲はその著書で「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。」としており、斉の富国強兵策を推進した宰相でした。このような物質主義的な考え方を孔子先生は好みません。

管仲の暮らしぶりは三つも邸宅を持って使用人も多く、贅沢で、倹約家ではなかったことを批判し、また自らは宰相で、臣下であるのに、邸宅の門に君主しか用いない目隠しの塀を立てたり、酒宴のさかずき台も君主しか用いないものを使っていたから、管仲は礼も知らない、と批判しています。

高位高官の地位にあり、権勢をふるっている人ほど、人々のリーダーとして倹約や分相応のつつましさ、君主への礼を実践すべきであるというのが孔子先生のお考えです。

漢文と書き下し文

子曰、管仲之器小哉。或曰、管仲儉乎。曰、管氏有三歸。官事不攝。焉得儉。然則管仲知禮乎。曰、邦君樹塞門。管氏亦樹塞門。邦君爲兩君之好、有反坫。管氏亦有反坫。管氏而知禮、孰不知禮。

子(し)曰(いわ)く、管仲(かんちゅう)の器(うつわ)小(しょう)なるかなと。或(あ)るひと曰(いわ)く、管仲(かんちゅう)は倹(けん)なるかと。曰(いわ)く、管氏(かんし)に三帰(さんき)有(あ)り。官事(かんじ)は摂(か)ねず。焉(いずく)んぞ倹(けん)なるを得(え)んと。然(しか)らば則(すなわ)ち管仲(かんちゅう)は礼(れい)を知(し)れるかと。曰(いわ)く、邦君(ほうくん)は樹(じゅ)して門(もん)を塞(ふさ)ぐ。管氏(かんし)も亦(また)樹(じゅ)して門(もん)を塞(ふさ)ぐ。邦君(ほうくん)、両君(りょうくん)の好(よしみ)を為(な)すに、反坫(はんてん)有(あ)り。管氏(かんし)も亦(また)反坫(はんてん)有(あ)り。管氏(かんし)にして礼(れい)を知(し)らば、孰(たれ)か礼(れい)を知(し)らざらんと。

現代語訳

孔子先生「管仲は器が小さい」
ある人「管仲は倹約家ですか」
孔子先生「管仲には邸宅が三つあり、使用人は多くても兼務はさせていない。倹約家であるとはとうてい言えない。」
ある人「では、管仲は礼を知っていましたか」
孔子先生「君主は門の中に塀を立てて目隠しとする。管仲は臣下であるのに同様に門の中に塀を立てて目隠しとしている。君主の間では、両国の君主の親睦の酒宴には反坫という盃台を用いる。管仲は臣下であるのに反坫を使っている。それで管仲が礼を知っているというなら、礼を知らない人などいないということになるだろう。」

解説

  • 管仲(かんちゅう):中国春秋時代の斉の政治家で、孔子の120~130年前の人。桓公の側近。その著書には「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。」とあり、このような物質主義を孔子は好まない。斉の宰相として富国強兵を推進し、隣国である孔子の生まれた国、魯にも侵攻している。
  • 倹(けん)なる:倹約する、けちである
  • 三帰(さんき):三つの邸宅
  • 官事(かんじ)は摂(か)ねず:たくさん使用人を使っていて、兼務はしない
  • 邦君(ほうくん):諸侯、一国の君主
  • 樹(じゅ)して門(もん)を塞(ふさ)ぐ:門の内側に塀を立てて目隠しとした
  • 両君(りょうくん):両国の君主
  • 反坫(はんてん):盃(さかずき)の台