
孔子先生のいらっしゃる魯の国では、昔からの儀式が形骸化しつつあり、毎月の一日を宗廟に報告する儀式においては、君主の出席もなく、生贄の羊をささげるだけの形式的なものになっています。
そこで、孔子先生の優秀な弟子のひとりで商才もある子貢さんは、生贄の羊はもう必要ないのではないか、と考えています。
すると孔子先生は、「おまえは羊を惜しむのか。私は礼が失われるのが惜しいよ。」とおっしゃいます。生贄の羊のような物質的な損失は取返しがつくものの、儀式が失われる道徳的な退廃は取り返しがつかないと嘆かれているのです。
漢文と書き下し文
子貢欲去告朔之餼羊。子曰、賜也、爾愛其羊。我愛其禮。
子貢(しこう)、告朔(こくさく)の餼羊(きよう)を去(さ)らんと欲(ほっ)す。子(し)曰(いわ)く、賜(し)や、爾(なんじ)は其(そ)の羊(ひつじ)を愛(おし)む。我(われ)は其(そ)の礼(れい)を愛(おし)むと。
現代語訳
弟子の子貢は、毎月の一日を宗廟に報告する儀式に用いる生贄の羊を(儀式が形骸化しているため)廃止しようとした。孔子先生はこのようにおっしゃった。「賜よ、おまえは生贄の羊が惜しい。私は儀式が失われてしまうことが惜しい。」
解説
- 子貢(しこう):孔子の弟子で、孔子より三十一歳年少。孔門十哲のひとり。弁舌に優れ衛、魯でその外交手腕を発揮した。商才に恵まれ、孔子門下で最も富んだ。子貢は字で、名前は賜(し)。
- 告朔(こくさく):毎月1日に羊を供えて先代の君主の宗廟に対して本日は何月の1日(朔日)である、と報告する儀式。その月に行われる行事の基点となるため重要な儀式で、もとは君主の臨席のもとに行われていたものが、生贄の羊を供えるだけの形式的なものになっていた。
- 餼羊(きよう):生きた羊、生贄の羊
- 去(さ)る:廃止する
- 愛(おし)む:惜しむ

