論語【子罕第九】227. 花は咲いても実らないことがある

先生は、また夭折した弟子、顔淵の話をされているのでしょうか。
芽は出ても花は咲かないものがある、花は咲いても実らないものもある、と嘆きのような口調でおっしゃっています。

人それぞれ、プロセスを急ぐことなく、淡々と行って「六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」といった境地に至りたいものです。

Flowers may Bloom but Fail to Bear Fruit
Is the Master perhaps speaking once again of his disciple Yan Hui, who died young?
He says, in a tone almost like a lament, that some shoots sprout but never bloom, and some flowers bloom but never bear fruit.

Each of us, in our own way, should move forward steadily, without rushing the process, and aspire to reach that state of which it is said: “At sixty, my ears were attuned; at seventy, I could follow my heart’s desires without overstepping the bounds.”

漢文と書き下し文

子曰、苗而不秀者有矣夫、秀而不實者有矣夫。 子(し)曰(いわ)く、苗(なえ)にして秀(ひい)でざる者(もの)あるかな。秀(ひい)でて実(みの)らざる者(もの)あるかな。

現代語訳

先生はこのようにおっしゃった。芽は出ても花は咲かないものがある。花は咲いても実らないものもある。

解説

  • 苗(なえ):植物の芽・苗。学問においては、才能の芽が出ること、学びを始めること
  • 秀(ひい)でる:穂がつき出る。多くの中から頭角を現す。くっきりと目立つ、秀麗である
  • 実(みの)る:果実を結ぶ、完成に至ること。自己修養においては「六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」といった境地に至ること。
  • 有矣夫(あるかな):詠嘆の助辞。「〜するものがあるものだなあ」と深く嘆く意