
顔淵は先生が期待をかけた優秀な弟子でしたが、夭折してしまいました。先生は顔淵がいなくなったことを残念だとおっしゃいます。顔淵は常に進歩し続ける弟子でした。ちょっとひとやすみ、もうこれで良いということはありません。
「日々新たなり」で夜が来てまた朝がやってくるのは気分を一新するため。新たな気持ちで日々少しづつ山を登る。少しづつ無理なく行けばくたびれない。
Climbing the Mountain with a Fresh Mindset Every Day
Yan Hui was an outstanding disciple in whom the Master had placed great hopes, but he died young. The Master expressed his deep regret at Yan Hui’s passing. Yan Hui was a disciple who never stopped improving. He never rested on his laurels or thought, “This is good enough.”
As the saying goes, “Each day is a new beginning”; night falls and morning comes again so that we may refresh our spirits. With a fresh mindset, we climb the mountain little by little each day. If we proceed gradually and without straining ourselves, we will not grow weary.
漢文と書き下し文
子謂顏淵曰、惜乎、吾見其進也、未見其止也。
子(し)顏淵(がんえん)を謂(い)いて曰(いわ)く、惜(お)しいかな、吾(われ)其(そ)の進(すす)むを見(み)る。未(いま)だ其(そ)の止(とどま)るを見(み)ざるなり。
現代語訳
先生は顔淵について言われた。いなくなって残念だ。私はいつも彼が進歩し続けるのを見てきたが、彼が一息ついて休んでいるのは見たことがなかった。
解説
- 謂(い)う:〜について言う、〜を評して言う
- 顏淵(がんえん):顔回の字(あざな)。孔子が最も愛した弟子。若くして亡くなり、孔子はその早世を深く悼んだ
- 惜(お)しいかな:(顔淵が夭折したのは)惜しいことだ、残念なことだ
- 吾見其進也(われそのすすむをみる):私は彼が進歩・向上しているのを見てきた
- 未見其止也(いまだそのとまるをみざるなり):彼が止まるのをまだ見たことがなかった。一息つくことは思ってみない。ちょっとづつ無理なく行くからくたびれない。

