論語【子罕第九】212. 逆境が人を育てる

どこかの国の高官が、孔子先生が多能であることに驚いて、先生は聖者ですか、と称賛しました。

それを聞いた先生は、あの方は私のことをよくご存じないようだ、私は若い頃、身分も低く貧しかったので、様々な卑しい仕事をせざるを得ずに、卑しいやりくりに多能となったのだ、とおっしゃいました。また、りっぱな人間とは多能な人のことを言うのだろうか、私はそうは思わない、とも。

先生は若いころちっとも認められなかったから、様々な教養や技術を身に着けることに励んだ、と言われていたのを聞いた弟子もいました。

Adversity Shapes a Person
A high official of a certain state was amazed at Confucius’s many abilities and praised him, asking, “Is he a sage?”

Upon hearing this, the Master said, “That person seems not to know me well. In my youth, I was of humble and poor, so I was compelled to take on various lowly tasks. Through such humble occupations, I became skilled in many things.” He also said, “Is a truly superior person defined by having many abilities? I do not think so.”

Some disciples also heard him say that because he had not been recognized in his youth, he devoted himself to acquiring a wide range of knowledge and skills.

漢文と書き下し文

大宰問於子貢曰、夫子聖者與。何其多能也。子貢曰、固天縱之將聖。又多能也。子聞之曰、大宰知我乎。吾少也賤。故多能鄙事。君子多乎哉、不多也。牢曰、子云、吾不試、故藝。
大宰(たいさい)、子貢(しこう)に問(と)いて曰(いわ)く、夫子(ふうし)は聖者(せいしゃ)か。何(なん)ぞ其(そ)れ多能(たのう)なるやと。子貢(しこう)曰(いわ)く、固(もと)より天(てん)之(これ)を縦(ゆる)して将(まさ)に聖(せい)ならんとす。又(また)多能(たのう)なりと。子(し)之(これ)を聞(き)きて曰(いわ)く、大宰(たいさい)我(われ)を知(し)れるか。吾(われ)少(わか)くして賤(いや)し。故(ゆえ)に鄙事(ひじ)に多能(たのう)なり。君子(くんし)多(た)ならんや、多(た)ならざるなりと。牢(ろう)曰(いわ)く、子(し)云(い)う、吾(われ)試(もち)いられず。故(ゆえ)に芸(げい)ありと。

現代語訳

どこかの国の高官が、孔子先生の弟子の子貢に「先生は聖者ですか。なぜあのように多能でいらっしゃるのですか。」と質問した。子貢は「おっしゃる通りで先生は天も認める聖人で、多能でいらっしゃいます。」と答えた。

先生はこれを聞くと、「あの方は私のことをよく知らないようだ。私は若いころ身分も低く貧しかったから(工夫と努力が必要で)、卑しいやりくりに多能だった。君子は多能だろうか。私はそうは思わない。」とおっしゃった。

また別の弟子である牢は、「私は若い頃ちっとも認められなかったので、六芸に励んだ、と先生はおっしゃっている」と言った。

解説

  • 大宰(たいさい):古代中国の官名。百官の長で、天子を補佐し、諸政をつかさどるもの。どの国の大宰のことなのかは不明。
  • 子貢(しこう):孔子の門人
  • 夫子(ふうし):孔子への尊称
  • 多能(たのう):礼・楽・射・御・書・数の六芸に通じていること
  • 縦(ゆる)し:許す、認める
  • 賤(いや)し:身分が低く貧しいこと
  • 鄙事(ひじ):いやしい事柄。鄙俗な仕事。
  • 君子(くんし)多(た)ならんや:君子というのは多能だろうか。
  • 牢(ろう):孔子の門人
  • 試(もち)いられず:認められない、仕事につけない
  • 故(ゆえ)に芸(げい)あり:だから六芸(礼・楽・射・御・書・数)に励んだ