論語【述而第七】166. 食事も忘れて楽しみ老いに気付かない

弟子の子路が、孔子の人となりを隣国の高官から質問されますが、上手く答えることができませんでした。それを知ると先生は、あの人は、これだと思うと食事も忘れて熱中し、楽しいと心配事も忘れ、自分が老いてゆくのにも気づかないような、そんな人ですと、こう言ってくれればよかったのに、とおっしゃいました。先生は何か課題を見つけると、学ぶ喜びに時間も忘れてしまうほど没頭される方だったのですね。

Forgetting Meals, Finding Joy, Unaware of Aging
When Zilu, a disciple of Confucius, was asked by a high official of a neighboring state about his teacher’s character, he found himself unable to answer adequately. When the Master heard this, he said, “You could have simply replied: ‘My teacher is a man who, when he believes he has found a worthy pursuit, becomes so absorbed that he forgets to eat; when he is joyful, he forgets his worries; and he is so wholly engaged that he scarcely notices his aging.’” The Master was indeed someone who, whenever he discovered a task worth devoting himself to, became so immersed in the pleasure of study that he lost all sense of time.

漢文と書き下し文

葉公問孔子於子路。子路不對。子曰、女奚不曰、其爲人也、發憤忘食、樂以忘憂、不知老之將至云爾。
葉公(しょうこう)、孔子(こうし)を子路(しろ)に問(と)う。子路(しろ)対(こた)えず。子(し)曰(いわ)く、女(なんじ)奚(なん)ぞ曰(い)わざる、其(そ)の人(ひと)と為(な)りや、憤(いきどおり)を発(はっ)して食(しょく)を忘(わす)れ、楽(たのし)みて以(もっ)て憂(うれ)いを忘(わす)れ、老(おい)の将(まさ)に至(いた)らんとするを知(し)らずと爾(しか)云(いう)と。

現代語訳

葉公が孔子はどんな人ですかと弟子の子路に尋ねたが、子路は答えなかった。先生はこれを聞くと、「なぜこういわなかったのか。先生の人となりは、発憤すると食事をとることも忘れ、楽しむと心配事も忘れ、自分が老いてゆくことにも気づかないような人ですと、そう言ってくれればよかった。」とおっしゃった。

解説

  • 葉公(しょうこう):楚の重臣。
  • 憤(いきどおり)を発(はっ)して:発憤して
  • 憂(うれ)いを忘(わす)れ:心配事を忘れ