論語【述而第七】161. 感動にあふれた人生を生きる

孔子先生は、招かれて隣国の斉に滞在された頃、雅楽を聞く機会があり、その音楽のあまりの美しさに感動し、何か月も当時の大ご馳走であった肉の味もわからなかったほどでした。そして、音楽を作るということがこのような高い境地に至るとは思ってもみなかった、とおっしゃいました。先生の人生は感動にあふれていたのですね。

Living a Life Full of Profound Emotion
When Confucius was invited to stay in the neighboring state of Qi, he had the chance to hear the court music performed there. So deeply was he moved by its extraordinary beauty that for several months afterward he could no longer taste meat, which was considered a great delicacy at the time. He remarked that he had never imagined that the creation of music could attain such lofty heights. Truly, his life was filled with moments of profound emotion.

漢文と書き下し文

子在齊聞韶。三月、不知肉味。曰、不圖爲樂之至於斯也。
子(し)、斉(せい)に在(あ)りて韶(しょう)を聞(き)くこと三月(さんげつ)。肉(にく)の味(あじわい)を知(し)らず。曰(いわ)く、図(はか)らざりき、楽(がく)を為(つく)ることの斯(ここ)に至(いた)らんとは。

現代語訳

孔子先生は、招かれて隣国の斉に滞在された頃、音楽を数か月聞いていらした。その間、あまりの感動に大変なご馳走である肉を食べても味も分からないほどだった。そして、音楽を作るということがこのような高い境地に至るとは思いもよらなかった、とおっしゃった。

解説

  • 斉(せい):孔子の祖国魯の隣国。
  • 韶(しょう):音楽。古代の聖王舜が作ったといわれる楽曲。雅楽。
  • 三月(さんげつ):三か月、数か月