
孔子先生は自分が老いて衰えたことを嘆かれています。最も尊敬する政治家である周公旦の夢をもう長いこと見なくなったのは、自分の理想への想いの強さが衰えているからだと考えていらっしゃいます。先生でも老いを嘆かれる人間的な側面と、老いても理想を忘れてしまいたくないという思いの両方が読み取れる章句です。
An Ideal Never to Be Forgotten
Confucius lamented his decline. He thought that his long failure to dream of the Duke of Zhou—the statesman he most revered—meant his ardor for his ideals had waned. This passage shows both the Master’s human lament over aging and his resolve not to let go of those ideals.
漢文と書き下し文
子曰、甚矣、吾衰也。久矣、吾不復夢見周公。
子(し)曰(いわ)く、甚(はなはだ)しいかな、吾(わ)が衰(おとろ)えたるや。久(ひさ)しいかな、吾(われ)復(ま)た夢(ゆめ)に周公(しゅうこう)を見(み)ず。
現代語訳
孔子先生はこのようにおっしゃった。「私もずいぶん老いて衰えたものだ。夢に周公が出てこなくなってから長い時が経つ。」
解説
- 衰(おとろ)えたる:老いて衰えた
- 周公(しゅうこう):周公旦。孔子が尊敬した聖人。文王の子で、兄が武王。武王は殷王朝の暴君であった紂王を討って周を建国した。周公は武王による周王朝の建国を補佐し、また武王が夭折した後に武王の子が王位を継ぐと後見役となり、徳治政治を行って王朝の基礎を固めた。参考:中国の歴史


