
孔子先生は、自分は徳を修められていないのではないか、学びが不十分なのではないか、自分の果たすべき役割を行動に移せていないのではないか、よくないと分かっているのに改めていないのではないか、それを心配しているとおっしゃいます。自己向上のための絶えざる内省があるのですね。
Self-Improvement Begins with Reflection
Confucius reflected that he might not yet have fully cultivated virtue, that his learning might still be lacking, that he might not be carrying out his proper duties, and that he might fail to correct his faults even when he recognizes them. His words reveal an unceasing habit of reflection in the pursuit of self-cultivation.
漢文と書き下し文
子曰、德之不脩、學之不講、聞義不能徙、不善不能改、是吾憂也。
子(し)曰(いわ)く、徳(とく)の脩(おさ)まらざる、学(がく)の講(こう)ぜざる、義(ぎ)を聞(き)きて徙(うつ)る能(あた)わざる、不善(ふぜん)の改(あらた)むる能(あた)わざる、是(こ)れ吾(わ)が憂(うれ)いなり。
現代語訳
孔子先生はこのようにおっしゃった。「徳を修めていないこと、学びを究めていないこと、自分の役割を果たさないといけないのに行動に移さないこと、よくないと知っていて改めないこと、こうしたことを私は心配している。」
解説
- 徳(とく)の脩(おさ)まらざる:徳を身に修めることができない
- 学(がく)の講(こう)ぜざる:学問を究めない
- 義(ぎ):正しいこと、正義、自分の役割
- 徙(うつ)る:改める、(自分の役割を果たすために)行動に移す
- 憂(うれ)い:心配

