論語【雍也第六】128. 病で天命が尽きることを嘆く

孔子先生の高弟のひとりであった伯牛は、当時不治の伝染病として恐れられていたらい病にかかったと伝えられています。孔子先生は伯牛のもとを訪れ、格子窓から伯牛の手をとり、その天命が尽きてしまうことを嘆きます。孔子先生といえども、大切な弟子の死をどうすることもできません。それでもその手をとって嘆き、情愛を示されました。

Lamenting the Heaven-Given Life Ended by Illness
According to tradition, Bo Niu, one of Confucius’ most esteemed disciples, contracted leprosy, a disease feared at the time as incurable and highly contagious. Confucius visited him and, taking his hand through the barred window, mourned that his disciple’s life was drawing to a close. Even the Master could do nothing to prevent the death of one so dear to him. Yet, by holding his hand and voicing his sorrow, he showed the depth of his love and compassion.

漢文と書き下し文

伯牛有疾。子問之。自牖執其手、曰、亡之。命矣夫、斯人也而有斯疾也、斯人也而有斯疾也。
伯牛(はくぎゅう)疾(やまい)有(あ)り。子(し)、之(これ)を問(と)う。牖(まど)より其(そ)の手(て)を執(と)り、曰(いわ)く、之(これ)亡(な)からん。命(めい)なるかな。斯(こ)の人(ひと)にして斯(こ)の疾(やまい)有(あ)るや、斯(こ)の人(ひと)にして斯(こ)の疾(やまい)有(あ)るやと。

現代語訳

高弟のひとりであった伯牛が、不治の病であるらい病になった。孔子先生は伯牛のもとを訪れ、格子窓からその手を取り、逝ってしまうのか。これも天命か。こんな立派な人がこのような病にかかるとは、こんな立派な人がこのような病にかかるとは、とおっしゃった。

解説

  • 伯牛(はくぎゅう):孔子の弟子で孔門十哲のひとり。重い病は当時は不治の病であったハンセン秒(らい病)と伝えられる。参考:Wikipedia 冉伯牛
  • 問(と)う:見舞う
  • 牖(まど):連子窓(れんじまど・細長い木材や竹を縦または横に並べて窓枠にはめ込んだ窓)
  • 之(これ)亡(な)からん。命(めい)なるかな。:これも天命か