述而第七

論語【述而第七】171. 教えは行動で示す

孔子先生は、弟子たちに向って、あなたたちは、私があなたたちには教えずに隠していることがあると思っているのか、そんなもの何もありませんよ、とおっしゃいます。何かするときにはいつもあなたたちと一緒にではないか、それが私という人間なのだと。弟子た...
述而第七

論語【述而第七】170. 天は私に徳を広める使命を授けた

孔子先生は祖国の魯で政治的に失脚した後、諸国を巡歴し、自分のアドバイスを受け入れる国を探していましたが、宋では国防大臣の桓魋(かんたい)に命を狙われたことがありました。逃げて欲しいという弟子に、「天は私に、この世に徳を広めるという使命をお与...
述而第七

論語【述而第七】169. 誰からでも学ぶことができる

孔子先生は、三人の人が一緒に行動すれば、必ずその中で自分の先生を見つけることができる、といいます。善い人は見習い、善くない人であれば自分にも同じようなところが無いか反省して行動を変えることができるからです。確かに反面教師からは何をすべきでな...
易経

【易経講話】15. 地山謙

ひとつ前の火天大有は、たくさんの物を自分の所有として持っている景気のよい盛大な卦でした。その大有をよく保って失わない道が地山謙で、謙は謙遜すること、へりくだること、自分が多くを所有し、道徳才能があっても謙遜の美徳を失わないことです。普通の人...
老子 道徳経

老子【去用第四十】無の世界から創造が始まる

老子は、宇宙の根源である道の働きとは、反転することであるといいます。例えば生まれ出た人間は、やがて折り返して死へと向かってゆきます。何事も永遠に順調が続くことはなく、どこかに逆境への折り返し地点があります。すると大切なのは鋼のような強さより...
述而第七

論語【述而第七】168. 孔子先生が語らなかったこと

孔子先生は、怪談、武勇伝、それから不道徳なことや神秘的なことは決してお話されなかったといいます。慎重に言葉を使われる方でしたから、不確かなことはおっしゃらなかったのですね。What Confucius Did Not Speak OfIt ...
述而第七

論語【述而第七】167. 才能よりも学びつづけることが大切

孔子先生は、自分は生まれながらの天才とか賢人とかではない、ただ古典を愛好し、そこから得た気づきはすぐに実践し、学びを探究してきた者だ、とおっしゃいます。もともと才能があったということではなく、学びと実践を繰り返し、継続することで今の自分があ...
述而第七

論語【述而第七】166. 食事も忘れて楽しみ老いに気付かない

弟子の子路が、孔子の人となりを隣国の高官から質問されますが、上手く答えることができませんでした。それを知ると先生は、あの人は、これだと思うと食事も忘れて熱中し、楽しいと心配事も忘れ、自分が老いてゆくのにも気づかないような、そんな人ですと、こ...
述而第七

論語【述而第七】165. 伝統を重んじ神に通じる言葉を話す

孔子先生は、普段は出身地魯の方言でお話をされていました。しかし詩経や書経についてお話されるとき、また儀式を執り行うときには雅言(がげん)と言われる伝統的な標準語でお話され、格式を示されました。祝詞のように神に通ずる言葉がみやびな言葉、雅言で...
述而第七

論語【述而第七】164. 宇宙の原理原則を易経に学ぶ

孔子先生は50歳になる頃には「易経」を研究していたい、そうすれば大きな過ちを犯すことがなくなるだろう、とおっしゃっています。易経は古代中国で占いの書として始まり、孔子の時代には陰陽の変化の原理を示す哲学書として発展しました。肉体が衰える50...