述而第七

論語【述而第七】178. 過ちはすぐ改める

孔子先生が魯国の君主についての人物評価を誤り、その誤りを指摘されました。すると先生は、「私は幸せだなあ。間違えることがあると、誰かが必ず気づいて教えてくれる。」とおっしゃいました。自分の過ちを正してくれる人がいるのは幸いだ、というのです。過...
述而第七

論語【述而第七】177. 仁は遠いものではない

仁は孔子先生が最も重視されている徳目で、人を愛し思いやる情深さ。先生は仁は遠いものではなく、自分が欲すればすぐそこにあるものだとおっしゃいます。人間なら誰でも生まれながらに人間性を持っているから、それを発揮して生きることが大事なんですね。B...
易経

【易経講話】17. 沢雷随

沢雷随は人に随うについての道を説く。随は、人に随う。自分が高い身分であるに拘わらず、自分の身を屈して卑い身分のものに下り随うのであり、また才能道徳の多い人であるのに拘わらず、自分の身を屈して才能道徳の少ない人に下り随う。すると天下の人々は皆...
述而第七

論語【述而第七】176. 出自で人を判断しない

孔子先生のところに、劣悪な環境で育った子どもが訪ねてきたところ、先生はその子に面会されたので、弟子たちはどうして会うのだろうかと驚き戸惑いました。すると先生は、「進歩しようとしている子どもは助けてやりたいと思った。その子がもっと悪くなること...
述而第七

論語【述而第七】175. 不確かなことは言わない

孔子先生は、調べずに自分の直観で何か言うことはしない、とおっしゃいます。自ら見聞きして下調べしたことを人に話すようにされています。不確かなことを言わないように、慎重に言葉を使われたのですね。Not Speaking of Uncertain...
述而第七

論語【述而第七】174. 欲望はほどほどに

孔子先生は、釣り竿で魚釣りをすることはあっても、いくつも釣り針をつけたはえなわで一度にたくさんの魚を獲ることはされませんでした。また矢に糸をつけたいぐるみで鳥を射ることはあっても、巣で寝ている鳥を射ることはされなかったといいます。狩りはする...
老子 道徳経

老子【同異第四十一】道は大きすぎて見えない

老子は、宇宙の根源である道について人格のりっぱな人が聞くと、すぐその原理原則に沿って生きることを実行しようとするけど、中くらいの人格の人だと半信半疑になり、興味のない人が聞くと馬鹿馬鹿しいと大笑いする、つまり、大笑いされるくらいでないと道の...
述而第七

論語【述而第七】173. 心と金銭物質を連動させない

孔子先生は、この頃は、聖人といえるほど立派な人はいなくなったけど、君子といえるような人に会うことができれば満足だ、とおっしゃいます。また、善人といえるほどの人はいないけれども、心の安定した人に会うことができればそれでよい、とも。心を安定させ...
易経

【易経講話】16. 雷地豫

雷地豫は、坤の卦は順、震の卦は動くで、順にして動く。天の道に従って動き、地の道に従って動き、人の道に従って事を行うときは、なすことは皆うまく順調に進み、万民が皆喜ぶ。豫は、安んじ和らぎ悦び楽しむ道を説く。順をもって動き、時勢、人情、理法に従...
述而第七

論語【述而第七】172. 教えの要点は文・行・忠・信

孔子先生の教えの要点は、文・行・忠・信の四つであったといいます。文とは古典を読んで学ぶこと。行は学びを実践すること、忠は真心で生きること、信は言行に嘘偽りのないこと。何でも真心をこめてを訓練づけると当たらずとも遠からずとなり、信が厚くなりま...