易経

【易経講話】20. 風地観ー万民が仰ぎ見るのは天子の真実至誠なる真心

観はじっと物を見つめてよく観察すること。天子は万民を観察し、万民は天子を仰ぎ観ている。この卦は、上の者が下の者を観察し、下のものが上にある者を仰ぎ見るについての道を説く。上のものが下のものに仰ぎ観られて尊敬心服されるには、心の内に真実なる真...
老子 道徳経

老子【立戒第四十四】足るを知り、止まるところを知る

老子は身体と名誉であればどちらに気持ちを寄せ、身体とお金であればどちらが大事で、得ることと失うことはどちらが苦しいのか、と問いかけます。 何かに強い愛着や執著を持てばそのために多くを費やすことになり、また多くのものを持てば持つほど失うものも...
泰伯第八

論語【泰伯第八】188. 身体を大切にして幸せに生きる

孔子先生の高弟である曾子は、自らの病が重く最期が近いと感じると、弟子たちを呼び集めて、私の手足に傷などないか調べてくれ、とおっしゃいました。さらに、詩経を引用され、人が生きるということは、深い淵が目の前にあるかのように、そしてまた薄氷を踏む...
泰伯第八

論語【泰伯第八】187. 礼で秩序形成する

孔子先生は、他人へのうやうやしさも、礼が無ければ相手に通じないから無駄な骨折りとなり、礼のない慎み深さは臆病に、礼のない勇気は乱暴になってしまい、また正直も礼がなければ自分や相手の首を絞める結果になる、とおっしゃいます。礼はもともとは神様の...
泰伯第八

論語【泰伯第八】186. 多くの人のよろしきに生きることが最高の徳

孔子先生は、古代王朝である周王朝の聖王といわれた文王の叔父、泰伯こそ最高の徳をもった人であったとおっしゃいます。泰伯は王家の長男であり、本来王位を継承すべき立場にありましたが、甥の文王の優れた才能を父王が評価していることを知ると自らは次男と...
易経

【易経講話】19. 地沢臨-天子が人民を統治する

臨はのぞむこと。上から下を見下ろすこと。高いところから下を見る。上の坤の卦の地が、下の兌の卦の沢を見下ろしている。地が沢に臨んでいる。臨の卦は、人事についていえば、高い位にある天子や大臣宰相が下の臣下人民に臨んでそれを統治するところの道を説...
述而第七

論語【述而第七】185. 孔子先生は温かく厳しい

孔子先生には春風のような温かさと秋の風のような厳しさの両方があり、威厳はあるけど威張ってはおられず、うやうやしく礼儀正しいけれど窮屈ではありません。相矛盾するものを両方持つ先生の完璧さを、弟子が語った章句でしょうか。Confucius Wa...
述而第七

論語【述而第七】184. 心の在り方に人格があらわれる

孔子先生は人格者は心が落ち着いているからのびのびとしておおらかであるのに対して、人格ができていない人はいつも何かに憂え、おびえてくよくよ、びくびくしている、とおっしゃいます。心の在り方が違うと全く異なる世界にいるかのように何もかも違って見え...
老子 道徳経

老子【徧用第四十三】自分の形を持たない水は入れないところがない

この世で最も柔軟な物質である水は、この世で最も堅い石や岩をも浸食し、穿って形を変えてしまいます。水は形を持たないから、隙間が無いように見えるところでも染み入ってゆくことができます。高いところから低いところへ、他に潤しを与えながらただ流れてゆ...
述而第七

論語【述而第七】183. 贅沢より倹約を

孔子先生は、贅沢をしていると思いあがって高慢になるし、倹約をしていると細かなことにこだわるようになるけれど、高慢になるよりは細かい方がまだよい、とおっしゃいました。質素な暮らしと謙虚な人の在り方を大事とされたのですね。Frugality o...