大学【第一段 第二節】社会の安寧はひとりひとりの心から

大学【第一段 第一節】 人生は他に尽くす徳から始まる」では、個人の人生の学びの目標としての「明明徳(めいめいとく)=明徳を明らかにする」が説かれていました。

それに続く第二節では、ひとりひとりの明明徳が、社会をととのえることを説きます。
前半の正心誠意 致知格物(せいしんせいい ちちかくぶつ)は、ひとりひとりが「身を修める」とは、心を正しく、思いを誠(まこと)にし、万物をよく理解する知に至ることであると教えています。
後半の「修身 斉家 治国 平天下(しゅうしん せいか ちこく へいてんか)」では、ひとりひとりの身が修まると家庭がととのい、国が治まり、天下に平安が訪れることを説いています。

正心誠意 致知格物(せいしんせいい ちちかくぶつ)

漢文と書き下し文

古之欲明明德於天下者、先治其國。欲治其國者、先齊其家。欲齊其家者、先脩其身。欲脩其身者、先正其心。欲者、先。欲誠其意者、先。致知在格物

古(いにしえ)の明徳(めいとく)を天下(てんか)に明(あきら)かにせんと欲(ほっ)せし者(もの)は、先(ま)ずその国(くに)を治(おさ)めたり。その国(くに)を治(おさ)めんと欲(ほっ)せし者は、先(ま)ずその家(いえ)を斉(ととの)へたり。その家(いえ)を斉(ととの)えんと欲(ほっ)せし者(もの)は、先(ま)ずその身(み)を脩(おさ)めたり。その身(み)を脩(おさ)めんと欲(ほっ)せし者(もの)は、先(ま)ずその心(こころ)を正(ただ)しくせり。その心(こころ)を正(ただ)しくせんと欲(ほっ)せし者(もの)は、先ずその意(い)を誠(まこと)にせり。その意(い)を誠(まこと)にせんと欲(ほっ)せし者(もの)は、先(ま)ずその知(ち)を致(いた)せり。知(ち)を致(いた)すは物(もの)を格(ただ)すに在(あ)りき。

現代語訳

昔(の名君の時代)の明徳(めいとく)を世の中に広く明らかにしようとする者は、まずその国を治める。その国を治めようとすれば、まずその国の各家庭をととのえる。家庭をととのえようとする者は、まず自分の身を修める。自分の身を修めようとする者は、まずその心を正しくする。その心を正しくしようとすれば、まずその思いを嘘いつわりのない誠(まこと)なものにする。自分の思いを誠(まこと)にしようとする者は、人として天から与えられた良心があるという知(ち)に至るべきだ。知に至るとは、物=万物それぞれへの理解をしっかり持つ(万物は一体であると知る)ことである。

解説

  • 古(いにしえ)の明徳(めいとく):「書経」にある古代の聖王である堯(ぎょう)と舜(しゅん)、それに続く夏王朝、殷王朝、周王朝の治世を、儒教では理想としている。
    儒教の聖人は、堯、舜、禹、湯王、文王、武王、周公、孔子の8人。
    禹は夏王朝、湯王は殷王朝、文王・武王は周王朝を建国した。武王は文王の子、周公は武王の子。
    参考:中国の歴史
  • 「正心誠意(せいしんせいい)致知格物(ちちかくぶつ)」
    心を正しく、思いを誠に、天から与えられた良知に思い至り、物=万物それぞれへの理解をしっかり持つ。万物は一体であることを知る
  • 「正」は一の下に止まると書くから、この線で止まれ。規範を知ること。
  • 「意」は心の音。それを誠にする。心の音に偽りなく話して行動する。
  • 致知とは、良知に至ること。良知とは、人間として持って生まれた良心、道心。それは宇宙の根源から来ているから絶えることがない。それを自覚するのが知に至るということ。自分は良知を持っている、ということを疑いなく思うことが重要。良知は、天から来た。天という概念で見れば、全てが非常にいとおしい命の存在。
    またこの「知に至る」の知は、仏教でいうところの、悟りや仏の智慧をあらわす「般若(はんにゃ)」ともいえる。概念によらない直観的な智慧。般若は、古代インドの言葉であるサンスクリット語(梵語)の「プラジュニャー」やパーリ語の「パンニャー」に由来してている。
  • 格物は、それぞれのものの性質を良く知るという意味。
    また格物は、「物に格(いた)る」とも読む。物とは万物で、万物への理解をしっかり持つということ。良知を人間にくれた天、天下の全て、天地の間に共にある万物に対して、同じ命をもらったものとして無視できなくなってくる。それが物に至るということ。それを地球の半分の人でも持てば温暖化などを解決しないと、という方向に向く。

修身 斉家 治国 平天下(しゅうしん せいか ちこく へいてんか)

漢文と書き下し文

物格而后知至。知至而后意誠。意誠而后心正。心正而后身脩。身脩而后家齊。家齊而后國治。國治而后天下平

物(もの)格(ただ)しくして后(のち)知(ち)至(いた)る。知(ち)至りて后(のち)意(い)誠(まこと)なり。意(い)誠(まこと)にして后(のち)心(こころ)正(ただ)し。心(こころ)正(ただ)しくして后(のち)身(み)脩(おさ)まる。身(み)脩(おさ)まりて后(のち)家(いえ)斉(ととの)う。家(いえ)斉(ととの)いて后(のち)国(くに)治(おさ)まる。国(くに)治(おさ)まりて后(のち)天下(てんか)平(たいら)かなり

自天子以至於庶人、壹是皆以脩身爲本。其本亂而末治者否矣。其所厚者薄、而其所薄者厚、未之有也。此謂知本、此謂知之至也。

天子(てんし)より以(もっ)て庶人(しょじん)に至(いた)るまで、壱(いつ)に是(これ)れ皆(みな)身(み)を脩(おさ)むるを以(もっ)て本(もと)と為(な)す。その本(もと)乱れて末(すえ)治まる者は、否(あら)ず。その厚(あつ)き所(ところ)の者(もの)薄(うす)くして、その薄(うす)き所(ところ)の者(もの)厚(あつ)きは、未(いま)だこれ有(あ)らざればなり。此(これ)を本(もと)を知ると謂(い)う、此(これ)を知(ち)の至(いた)りと謂(い)うなり。

現代語訳

万物が一体であると心得ていれば、(天から与えられた)良知に至ることができる。良知に至ることができれば、考え方は誠(まこと)になる。考え方が誠(まこと)であれば、心は正しくなる。心が正しくなれば、自分の身を修めることができるようになる。自分の身が修まっていれば、家庭がととのう。各家庭がととのっていて、その後に国が治まる。国が治まっていれば世の中は平和である

天下を治める者から、庶民に至るまで、同じように自分の身を修めるということが根本である。根本が乱れていて、結果が上手くおさまっているということはない。重要な部分が薄いのに、重要でない部分が厚くなっているということはあったためしがない。これが根本を知ることであり、これこそが最上の知である。

解説

  • 「身を修める」基本は、慎独(しんどく=独りを慎む)・立腰(りつよう=腰を立てる)・克己(こっき=己に克つ)の実践。
    参考:【慎独・立腰・克己】学んだら実践
  • 家庭は社会のトレーニング場。
  • 正心 誠意 致知 格物(せいしんせいい ちちかくぶつ)修身 斉家 治国 平天下(しゅうしん せいか ちこく へいてんか)の8つは、大学の八条目。