雍也第六

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論語【雍也第六】148. 人に施し人を救う

孔子先生は、弟子の子貢の質問に答えて、多くの人々に恩恵をもたらし、救済できるような人は、仁者どころではなく、聖人であり、古代に優れた治世を行った聖王でさえその達成には心を悩ませたとおっしゃいます。一方、仁の実践はもっと身近なもので、自他非分...
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論語【雍也第六】147. やりすぎ、やらなすぎに注意する

孔子先生は、中庸は最もすぐれた徳であるとおっしゃいます。中庸とは、偏らず、ほどよいこと。やりすぎ、やらなすぎがないこと。中庸は、人間の道義に従うことで、既存のルールに従うこととは異なります。状況に応じて中庸は変わるから、ほどよく何かするとい...
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論語【雍也第六】146. 誠を天に誓う

孔子先生が衛の霊公の夫人である南子にお会いになりました。南子は影響力のある人物でしたが、評判のよくない人であったために、子路はこのことに反発しました。すると孔子先生は子路に向って、私によこしまなところがあれば天が私を見捨てるだろう、とおっし...
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論語【雍也第六】145. 学んで行動することで社会秩序を取り戻す

孔子先生が生きた春秋時代は、諸侯が覇を争う乱世でした。そんな時代においても、先生は学問に志すりっぱな人は広く古典などから学んで、その学びを集約して実践するには礼をもってすれば、道理から外れることがないとおっしゃいます。孔子先生の礼とは、必ず...
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論語【雍也第六】144. りっぱな人はくらまされない

弟子の宰我が孔子先生に「もし仁徳のある人に、人が井戸に落ちました、と言ったら、その人は人を助けるために井戸に飛び込むでしょうか。」と質問しました。孔子先生は答えて、そんなことはないとおっしゃいます。りっぱな人は、冷静に道理で行動しますから、...
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論語【雍也第六】143. 本質を失わない

孔子先生は社会に道義が行われないことを嘆いています。本来、角ばっているべき礼拝用のさかずきに角がなければ礼拝用のさかずきとは言えないことを、道理・道義の通らない政治では本来あるべき人間社会ではないことの喩えとして言われています。Holdin...
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論語【雍也第六】142. 理想の国を実現する

孔子先生の人生は千転万化したものの、主張を受け入れてくれる諸侯にはなかなか出会えません。それでも、政治を変えることで先生が理想とした道義にもとづく国とすることは可能なのに、と考えていたのですね。Realizing the Ideal Sta...
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論語【雍也第六】141. 知者は水を楽しみ仁者は山を楽しむ

孔子先生は知者は流れる水を、仁者は動くことのない山を楽しむとおっしゃいます。流れる水は無常観、あるいは時流や流行、動くことのない山は原理原則。知者は変化しつづけるこの世で活動することを楽しみ、原理原則を大切にする冷静な仁者は長命を得るといい...
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論語【雍也第六】140. 人としてやるべきことをやる

弟子の樊遅(はんち)に問われて、孔子先生が「知」と「仁」を解説されています。 「知」とは、自分の役割を果たし、人としての道をつとめることで、神仏は敬うけれども何かあったら神頼みということはない。嫌なことどうぞ来ませんようにと神に祈るのではな...
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論語【雍也第六】139. 相手を見て話す

孔子先生は、相手を見て、話す内容は変えなさいとおっしゃいます。既に徳を実践できていて、誠実な真心のある人に対してさらに高尚な理想を語るのはいいけど、そうでない人にあまり高尚な話をするのはやめておきなさいと。人の上に立つ立場になったら、相手を...