論語

泰伯第八

論語【泰伯第八】188. 身体を大切にして幸せに生きる

孔子先生の高弟である曾子は、自らの病が重く最期が近いと感じると、弟子たちを呼び集めて、私の手足に傷などないか調べてくれ、とおっしゃいました。さらに、詩経を引用され、人が生きるということは、深い淵が目の前にあるかのように、そしてまた薄氷を踏む...
泰伯第八

論語【泰伯第八】187. 礼で秩序形成する

孔子先生は、他人へのうやうやしさも、礼が無ければ相手に通じないから無駄な骨折りとなり、礼のない慎み深さは臆病に、礼のない勇気は乱暴になってしまい、また正直も礼がなければ自分や相手の首を絞める結果になる、とおっしゃいます。礼はもともとは神様の...
泰伯第八

論語【泰伯第八】186. 多くの人のよろしきに生きることが最高の徳

孔子先生は、古代王朝である周王朝の聖王といわれた文王の叔父、泰伯こそ最高の徳をもった人であったとおっしゃいます。泰伯は王家の長男であり、本来王位を継承すべき立場にありましたが、甥の文王の優れた才能を父王が評価していることを知ると自らは次男と...
述而第七

論語【述而第七】185. 孔子先生は温かく厳しい

孔子先生には春風のような温かさと秋の風のような厳しさの両方があり、威厳はあるけど威張ってはおられず、うやうやしく礼儀正しいけれど窮屈ではありません。相矛盾するものを両方持つ先生の完璧さを、弟子が語った章句でしょうか。Confucius Wa...
述而第七

論語【述而第七】184. 心の在り方に人格があらわれる

孔子先生は人格者は心が落ち着いているからのびのびとしておおらかであるのに対して、人格ができていない人はいつも何かに憂え、おびえてくよくよ、びくびくしている、とおっしゃいます。心の在り方が違うと全く異なる世界にいるかのように何もかも違って見え...
述而第七

論語【述而第七】183. 贅沢より倹約を

孔子先生は、贅沢をしていると思いあがって高慢になるし、倹約をしていると細かなことにこだわるようになるけれど、高慢になるよりは細かい方がまだよい、とおっしゃいました。質素な暮らしと謙虚な人の在り方を大事とされたのですね。Frugality o...
述而第七

論語【述而第七】182. 困ったときの神頼みはしない

孔子先生が病気になり、重篤な状況になってしまったとき、弟子の子路が心配して、病気平癒のご祈祷をやりましょうと言うと、先生は天地の神々に祈ることであれば私は以前からやっている、とお答えになり祈祷は却下されました。先生は古代人なのにリアリストで...
述而第七

論語【述而第七】180. 学びは実践してこそ

孔子先生は、ご自身を省みられて、学問であれば人並にできるけれど、りっぱな人としての行いを常に実践躬行することとなると、なかなか、自分にはできていないと謙虚におっしゃいます。学びは実践すること、自らを省みて行動を変えることが何より大切なんです...
述而第七

論語【述而第七】179. 音楽は和する

音楽好きの孔子先生は、人と一緒に歌を歌うときに、相手が優れた歌い手であると、必ずその人だけでもう一度歌ってもらい、その後にこれに合わせるようにご自分も歌われました。先生の親しみ深いお人柄を感じることができる章句です。Music Is Har...
述而第七

論語【述而第七】178. 過ちはすぐ改める

孔子先生が魯国の君主についての人物評価を誤り、その誤りを指摘されました。すると先生は、「私は幸せだなあ。間違えることがあると、誰かが必ず気づいて教えてくれる。」とおっしゃいました。自分の過ちを正してくれる人がいるのは幸いだ、というのです。過...