八佾第三

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論語【八佾第三】56. 競うより互いに学び成長する

孔子先生は、弓の競技をするときに、一番大切なことは的を射抜くことではない、人それぞれに力が異なるので、等級を別にすべきで、それが古き良き時代の礼儀にかなったやりかたであるとおっしゃいます。力の強い人、できる人は力のない人、できない人の指導を...
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論語【八佾第三】55. 丁寧に進めるには質問する

孔子先生は、魯(ろ)の始祖である周公旦のお墓で儀式をとりおこなっています。孔子先生は礼の大家ですが、ひとつひとつ、「これはどうしましょうか」と聞きながら進めています。 すると、誰かが「あの田舎者が礼の先生だっていうけど、一々質問していてるじ...
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論語【八佾第三】54. 伝統文化の継承は革新

春秋時代の思想家である孔子先生は、その前の王朝であった周を理想的な王朝であると考えています。その理由は、周がその前代の二つの王朝の伝統文化を見事に引き継いでいる、と考えているからです。現代においても、伝統には磨きをかけ、現代に合ったことを付...
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論語【八佾第三】53. 自己の向上は自分でする

孔子先生は、ご自身の出身地である魯(ろ)のお隣の国、衛(えい)を訪問しています。その衛の実力者である王孫賈(おうそんか)さんが、「奥の神棚よりかまどの神様のご機嫌をとれとはどのような意味でしょうか?」と孔子先生に質問します。 当時の諺の意味...
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論語【八佾第三】52. 礼には心をこめる

この前の章句、その前の章句で孔子先生は、天子のする諦(てい)の祭りについて、見るに堪えない、祭りの意義を知るものは天下にいない、などと嘆いていらっしゃいました。 何が問題だったのでしょうか。 祭るのであれば、そのお祭りの対象となっているご先...
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論語【八佾第三】51. 歴史と伝統の大切さ

孔子先生に、ある人が天子のお祭りの意義を質問します。 孔子先生は、意外にも「知らない」とお答えになり、ご自身の手のひらを指さして「知っている人が天下にいれば、私の指が私の手のひらを示すように明白なことなのにね。」と謎なことをおっしゃいます。...
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論語【八佾第三】50. 心のこもっていない礼は見るに堪えない

孔子先生は、禘(てい)の祭りについて、お神酒を地に注ぐ儀式の後は、もう見たくないとおっしゃいます。見たくない理由は論語の記述にはありませんが、先祖を祭る儀式において、礼が尽くされていない、心がこもっていないと思われたのでしょうか。漢文と書き...
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論語【八佾第三】49. 伝統を引き継ぐ

今日も孔子先生はお嘆きです。孔子先生は、中国最古の王朝である夏王朝の礼を説くことはできても、その王朝の末裔によって統治されている国である杞(き)には、夏王朝の礼がどのようなものであったか、記録がないというのです。また夏王朝の次の殷王朝も似た...
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論語【八佾第三】48. 礼は人を完成させる

弟子の子夏が孔子先生に美人画について質問しています。口元、目元を描いた後に、おしろいで完成させるとはどのような意味ですか、と。孔子先生は、絵画は白で完成させるんだよ、と答えます。それに対して子夏が、りっぱな人の人格が礼をもって完成するような...
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論語【八佾第三】47. 人と争わない

孔子先生は、立派な人は、人を争うということをしない、といいます。もし争うとしたら弓の試合くらいだと。でも矢を的に当てることを競うという意味はないようです。お互いに両手を前にして礼をして、「お先にどうぞ」と譲り合って射場へ昇り、試合が終われば...