論語【八佾第三】44. 礼には心をこめる 2

礼の根本とは何ですか、と弟子の林放(りんぽう)に質問された孔子先生は、大きな問いだなあ、とおっしゃいました。ここでは礼とは儀式などを行う礼儀作法のことで、それを行うことで社会の秩序を守ることを孔子先生は重視していらっしゃいます。

なお孔子先生は貧しかった子ども時代に、巫女であるお母さんの荷物運びを手伝うことにより、儀式について学んだそうです。

さてその礼、儀礼、儀式の根本とは。孔子先生は、儀式は贅沢であるよりもむしろ質素である方がよい、また死者を弔うお葬式などは形式を整えるより心から悲しみ悼むことだ、とおっしゃいます。

章句43で、「人(ひと)にして不仁(ふじん)ならば、礼(れい)を如何(いかん)せん。」、つまり、「心をこめることができない礼儀作法では意味がない」、とおっしゃっていました。

心をこめることが一番大事で、そして礼を表現するために式を行うときは、贅沢よりは質素倹約というのが礼の根本なんですね。

書き下し文

林放(りんぽう)禮(れい)の本(もと)を問(と)ふ。子(し)曰(いは)く、大(だい)なるかな問(とひ)や。禮(れい)は其(そ)の奢(しゃ)ならんよりは寧(むし)ろ儉(けん)せよ。喪(も)は其(そ)の易(い)ならんよりは寧(むし)ろ戚(せき)せよと。

現代語訳

弟子の林放(りんぽう)が礼の根本について質問した。孔子先生はこのようにおっしゃった。「大きな問いですね。礼をつくすには(儀式などは)華美に行うよりもむしろ質素なのが良く、喪は(お葬式などの)体裁をととのえることよりも、むしろ心から悼み悲しむことです。」

解説

  • 林放(りんぽう):孔子の弟子。魯の人。論語ではここにしか登場しない。
  • 禮(れい):礼儀作法。礼は理(ことわり)で物事の条理筋道。礼儀作法はその一部。
  • 本(もと):根本
  • 奢(しゃ):華美、贅沢
  • 儉(けん):つつましい、質素、倹約
  • 喪(も):死者に対する礼
  • 易(い):体裁をととのえる
  • 戚(せき):心から悲しみ悼む