今日から早速、老子「道徳経」のテキストを読んでゆきたいと思います。
第1章は、老子の「道」について。
道とは宇宙の根源、宇宙を動かすエネルギーのことで、この道の在り方を知って、そこに自分の在り方を重ね合わせてゆくことが上手い生き方だよ、というのが2500年の時を超えて私たちに語りかけてくる老子からのメッセージです。
あなたの日常に、宇宙の在り方がどう関係するのか?

第一章から学べるポイントは、
- 言語では表現できない暗くて微妙な世界があることを知る
- 物事は、名前をつけても常に変化してゆくことを承知する
- 道は美しい世界とごちゃまぜの混沌の世界の両方を生み出す
ではテキストを見てゆきましょう。
【筆者プロフィール】
老子を読んで17年の東洋思想学習者。30年の会社員生活では老子にキャリアの基本方針を教えられ、急性白血病治療の2年半は老子が心の杖となった。
體道(たいどう)第一
道の道とす可(べ)きは、常道(じょうどう)に非(あら)ず。名(な)の名(な)とす可(べ)きは、常名(じょうみょう)に非(あら)ず。名(な)無(な)し、天地(てんち)の始(はじめ)には。名(な)有(あ)れ、万物(ばんぶつ)の母(はは)にこそ。故(ゆえ)に常無(じょうむ)は以(もっ)て其(そ)の妙(みょう)を観(み)んと欲(ほっ)し、常有(じょうう)は以(もっ)て其(そ)の徼(きょう)を観(み)んと欲(ほっ)す。此(こ)の両者(りょうしゃ)同(おな)じきより出(い)でて名(な)を異(こと)にす。同(おな)じきもの之(これ)を玄(げん)と謂(い)う。玄(げん)の又(また)玄(げん)、衆妙(しゅうみょう)の門(もん)。
私の解釈
道について、道とはこういうものです、と言ってみても、それが常にそうだということにはならない。何かに名前をつけてみても、その名前が常にそのものをあらわすのではない。天地の始めには名前はなかった。万物を生み出した母としての道に名前がついた。だから無の世界から見る人は神秘的な世界を見たいと欲し、物質世界で見る人は俗世間を見ようと欲している。この二つの世界は同じものから出て来るが名前が違う。同じものとは玄(げん)で、暗くて見えない。真っ暗で見えない玄(げん)のまた玄(げん)が宇宙のあらゆる微妙な現象を生み出す根源、道である。
まとめ
第一章は老子の宇宙論から始まります。
私たちはどういった世界で生きているのか。
それをふまえると、何を理解しておいた方がいいのか。
第1章のポイントをまとめました。
- 道とは宇宙の根源・宇宙を動かすエネルギーのこと
- 道は言葉では表せない玄妙(げんみょう)=暗くてよく分からないもの
- 物事は変化する=ひとつの名前で表現できないことを承知する
- 神秘的な美しい世界と物質的でごちゃごちゃした混沌の世界の両方があることを承知する
- 道とは美しいものも汚いものも全てが湧き出してくる玄妙(げんみょう)な門である
解説をしようとしたら、いきなり「言語では表現できない玄妙な世界がある」と始まりますので、やはり原文を「百字百読」して味わってゆくしか老子攻略法はないようですが、とはいえ、学びの過程、私の老子テキストとの対話をこのブログに記してゆきたいと思います。あなたが老子や道と出会うきっかけとなれば幸いです。

