
新年のはじめの記事は何にしようかと思い、老子道徳経を開いてみましたところ、ちょうど、リーダーの心得の部分でしたので、新しい年を迎えるにあたり、「こんなことを注意するんだよ」と老子から言ってもらったようです。さて、老子の考える理想のリーダーとは?
① 知り難い:言葉で「こんな人」とは言い難い。
だけど、そこを敢えて言葉にするなら以下。
② 慎重:凍った冬の川を一歩一歩確かめながらわたるような慎重さがある。
③ 用心深い:四方から何か飛び出してくるのでは、と注意を怠らない。
④ 堂々としている:おごそかな雰囲気を持って客のように振舞う。
⑤ 温かい:氷を解かすようなあたたかさがある。
⑥ 素朴:製材されていない木のような素朴さがある。
⑦ 心が広い:谷のように広い心で濁ったものさえ受け入れ、そこから新しいものを生み出す。
⑧ 回復力がある:自分の欲求を満たすことを目指していないから失敗しても回復する。
冒頭に描かれている冬川の氷の上を渡ってゆく姿は新しい境地をみんなのために開いてゆくためではあるけど、勇猛果敢、猪突猛進ではなく、注意深く、注意深く、そして周囲をおそれながら進む姿がまず描かれていることが印象的です。
書き下し文
古(いにしえ)の善(よ)く士(し)たる者は、微妙玄通(びみょうげんつう)、深(ふか)くして識(し)るべからず。夫(そ)れ唯(ただ)識(し)るべからず。故(ゆえ)に強(し)いて之(これ)が容(かたち)を為(な)せば、与(よ)として冬川(ふゆかわ)を渉(わた)るが若(ごと)く、猶(ゆう)として四隣(しりん)を畏(おそ)るるが若(ごと)く、儼(げん)としてそれ客(きゃく)たるが若(ごと)く、渙(かん)として氷(こおり)の将(まさ)に釈(と)けんとするが若(ごと)く、敦(とん)としてそれ樸(ぼく)の若(ごと)く、曠(こう)としてそれ谷(たに)の若(ごと)く、混(こん)としてそれ濁(にご)れるが若(ごと)し。孰(たれ)かよく濁(にご)るも以(もっ)てこれを静(しず)かにして徐(おもむろ)に清(す)まさん。孰(たれ)かよく安(やす)んじて以(もっ)て久(ひさ)しくこれを動(うご)かして徐(おもむろ)に生(しょう)ぜん。此(こ)の道(みち)を保(たも)つ者(もの)は、盈(み)つるを欲(よく)せず。夫(そ)れ唯(ただ)盈(み)たず、故(ゆえ)に能(よ)く敝(やぶ)るるも復(また)成(な)すなり。
現代語訳
昔の立派なリーダーは、微妙で目には見えない宇宙の摂理に通じており、奥深く、説明はし難い。どのような人なのか言葉にはし難い。しかし敢えて人の姿として描いてみるのであれば、注意深く冬の川の氷の上をわたるようであり、用心深く四方に注意を払っているようであり、堂々とした客のようであり、氷が解けてゆくような温かみがあり、製材されていない木のような素朴さがあり、谷のように広々として、そこで様々なものが混ざり合い、濁るのを許容することができる。濁ったものを受け入れても、その濁りを静かにして清らかにしてしまうことができる。そして安らかで久しい土台から新たな秩序を作り出すことができる。このような在り方を自分の在り方としている者は、自分が満足するということを欲しているのではない。自分の満足を追求しているのではないので、上手くいかないときにも、また修復することができる。
字句の解説
- 士(し):昔の中国では「士」と「庶」の2階層があった。「士」は国家に使える役人で、「庶」は一般人。庶の人は、自分の人生を面白おかしく生きていい。一方、士の階層の人は自分のために権力は使わない。庶の人が楽しく生きられる社会を作り、他人の喜びを自分の喜びとするのが東洋のリーダー。
- 与(よ)として冬川(ふゆかわ)を渉(わた)る:慎重。氷の張った冬の川を、片足で氷をたたいて確かめながら、疑い深くわたってゆく。
- 猶(ゆう)として四隣(しりん)を畏(おそ)るる:用心深い。用心深く、周りを恐れている。何が飛び出してくるか分からないとびくびくしている。
- 儼(げん)としてそれ客(きゃく)たる:堂々とした。堂々とした客のように振舞う。
- 儼(げん):おごそかであること。
- 渙(かん)として氷(こおり)の将(まさ)に釈(と)けんとする:温かい。氷が解けてゆくような温かみがある。
- 敦(とん)としてそれ樸(ぼく)の若(ごと)く:山から切り立てで製材されていない(山出しの)木のような素朴さがある。
- 曠(こう)としてそれ谷(たに)の若(ごと)く:幅が広くて肥沃な栄養分の集まる谷のように全てを受け入れる幅広さがある。つまり、綺麗なだけではなく、さまざまなものを併せ持っている。だから言い様が無い。


