論語【為政第二】33. 物事を知るとは

孔子先生の弟子で、論語に登場最多の子路(しろ)に孔子先生が「知るとは何か」を教えます。

子路は、その軽率さを孔子先生にとがめられる場面もありながら、武勇に優れ率直な人柄で、この章句でも「由(ゆう)」と呼ばれているのは字(あざな)の子路ではなく、名前で呼ばれていることから、孔子先生は親しみをこめて話していることが分かります。

さて「知るとは何か」。孔子先生は、知っていることと、知らないことを明確にしなさいとおっしゃいます。新しいことを学んでいるとよく、「何が分からないのか分からない」という状況がありますが、それではダメ、何が分かって、何が分からないか明確にならないと学びは進められないよとおっしゃっています。

「何が分からないのか分からない」ときには、焦らずに分かるところまで戻る必要があるのかもしれません。子路は、もしかして焦りすぎるところがあったからこういうアドバイスをもらったのかな?

書き下し文

子(し)曰(いわ)く、由(ゆう)、女(なんじ)に之(これ)を知(し)るを誨(おし)えんか。之(これ)を知(し)るを之(これ)を知(し)ると為(な)し、知(し)らざるを知(し)らずと為(な)す。是(これ)知(し)るなり。

現代語訳

孔子先生はこのようにおっしゃった。「由(ゆう)よ、お前に知るとはどういうことかを教えようか。知っていることを知っているとし、知らないことは知らないとする。これが知るということだ。」

字句の解釈とコメント

  • 由(ゆう):子路(しろ)のこと。由は名前なので、親しみをこめてこう呼んでいる。子路は孔子より九歳年下で門人中最年長者。孔門十哲のひとり。力が強く武勇に優れていた。性格はいささか軽率な面もあるが、率直な人柄は孔子にも愛され、「論語」への登場回数は最多。
    参考:Wikipedia 子路
  • 誨(おし)える:教える、教えさとす
  • 物事を知るとはどういうことか。知っていることと知らないことを明確にして、何が分かっていて何がわからないのかを明確にする。その区分を明確にすると、知りたくなる。区分をすると、学びたくなる。