
【為政第二】21. ~24.の四回にわたって色々な人が孔子先生に「考」について質問し、孔子先生が様々な面から「考」を解説してくださいました。その最初には、「礼を尽くす」大切さを語られていました。一方、「史記」には孔子先生が老子のところに「礼」を問いに行ったという記載があります。
老子は、孔子先生にどのように答えたのでしょうか。
この話が史実であるのかは定かではありませんが、孔子先生の儒家と老荘思想の違いがドラマチックに描かれていて興味深いので、「論語」からも「道徳経」からも逸れますが、ご紹介したいと思います。
書き下し文
孔子(こうし)、周(しう)に適(ゆ)き、將(まさ)に禮(れい)を老子(らうし)に問(と)はんとす。老子(らうし)曰(い)はく、『子(し)の言(い)ふ所(ところ)の者(もの)は其人(そのひと)と骨(ほね)と皆(みな)已(すで)に朽(く)ちたり、獨(ひと)り其言(そのげん)在(あ)る耳(の)み。(中略)子(し)の驕氣(けうき)と多欲(たよく)と態色(たいしよく)と淫志(いんし)とを去(さ)れ。是(こ)れ皆(みな)子(し)の身(み)に益(えき)無(な)し。吾(わ)が子(し)に告(つ)ぐる所以(ゆゑん)は是(かく)の若(ごと)き而已(のみ)』と。
孔子(こうし)去(さ)つて弟子(ていし)に謂(い)つて曰(いは)く、『(中略)龍(りよう)に至(いた)つては、吾(われ)其(そ)の風雲(ふううん)に乘(じよう)じて天(てん)に上(のぼ)るを知(し)ること能(あた)はず。吾(われ)今日(こんにち)老子(らうし)を見(み)るに、其(そ)れ猶(な)ほ龍(りよう)のごとき邪(か)』と。
出典:青空文庫
現代語訳
孔子が周に行った時、老子に礼について質問すると老子は『あなたのいう古の聖賢などは人も骨も朽ち果ててしまい、ただ空言が残っただけだ。(中略)あなたの驕慢と欲深さ、もっともらしい態度とみだりに燃える志向を取り去ったほうが良い。それらはあなたに何の利益ももたらさない。私があなたに告げたいのは、それだけだ。』と答えた。
孔子はその場を去って弟子たちに言った。『(中略・他の動物なら捕らえようがある)だが龍になると、風雲に乗じて天に昇っていく姿を知ることはできない。私は今日、老子に会ったが、彼は龍のような人物だった。』
解釈とコメント
老子は孔子先生に手厳しいですね。 孔子先生が「礼」を問うていますが、老子は
- 「皆(みな)已(すで)に朽(く)ちたり」、何をもう朽ち果てた昔の聖者の話ししてるのだ、と。つまり、まず「古臭い」と喝破しています。
- さらに、「子(し)の驕氣(けうき)と多欲(たよく)と態色(たいしよく)と淫志(いんし)とを去(さ)れ。」あなた=孔子は驕慢さ、欲深さ、もっともらしい態度、みだりに燃える志向は取り去ったほうが良いとアドバイス。
- 「是(こ)れ皆(みな)子(し)の身(み)に益(えき)無(な)し。」そんなの自分のためにならないと。
- 「吾(わ)が子(し)に告(つ)ぐる所以(ゆゑん)は是(かく)の若(ごと)き而已(のみ)」以上おわり、他に言うことはない、と締めくくっています。
孔子は弟子たちのところに戻って、どうでしたかと聞かれると、「老子は龍のような人だった」と答えました。孔子が「龍」で象徴したのは捉え難さ、神秘、そして自由でしょうか。老子の思想を端的に架空の動物にぱっとたとえて弟子に話す孔子はさすがですね。
この史記の逸話が本当の話なのかは分かりませんが、孔子の儒家と老子の思想の違いが鮮明に描かれた出会いでドラマチックですね。
まとめ
人間社会の中にいて人間関係と秩序を重視する孔子と、宇宙大の視点を持って人間界を眺め、自由の獲得を重視する老子は、まさに陰陽の関係で、江戸の人たちは「昼間の儒家、夜の老荘」と思想を使い分けたそうです。昼間の宮仕え(仕事)の時間は儒家、夜、かみしも(スーツ)を脱いだら老荘。そんな生活のバランスを現代の私たちも真似したいですね。


