
書き下し文
上善(じょうぜん)は水(みず)の若(ごと)し。水(みず)善(よ)く万物(ばんぶつ)を利(り)して争(あらそ)わず。衆人(しゅうじん)の悪(にく)む所(ところ)に処(お)る。故(ゆえ)に道(みち)に幾(ちか)し。居(きょ)には地(ち)を善(よ)しとし、心(こころ)は淵(えん)なるを善(よ)しとし、与(あた)うるには仁(じん)なるを善(よ)しとし、言(げん)は信(しん)なるを善(よ)しとし、政(せい)は治(おさ)まるを善(よ)しとし、事(こと)には能(のう)なるを善(よ)しとし、動(うご)くには時(とき)なるを善(よ)しとす。夫(そ)れ唯(ただ)争(あらそ)わず、故(ゆえ)に尤(とが)無(な)し。
現代語訳
最上の善というものは、水のようだ。水は全てのものに利益を与えて、争うことがない。みんなの嫌う(低い)ところへ流れてゆく。だから、道の在り方に近い。居場所は地に足がついているのが良く、心は深さがあるのがよく、人に与えるのは思いやりがよく、言葉は信用に足るのが良く、政治は治まるのがよく、仕事をするなら有能なのがよく、行動するにはタイミングを見るのがよい。水は他と争うことがないから、非難されることもない。
解釈
- 水は争わない。
どこに入れても自分の形を持たない。争いは自己主張からはじまる。主張しないのではなく、まず相手の形に合わせる。そうすると入れないところはない。世間を広くしたい、人の心に入りたいなら、相手の形を観察する。そして、それに合わせてゆけば入ってゆける。 - 水は栄養価に富んでいる。
川を流れて藻や岩など、触れ合うものから養分を吸収している。自分の主張ばかりしていたらそれはできない。人も、多くの人に出会い、会う人から学んで向上するのはすばらしい。それを上善は水のごとしと言う。争わない。対立しない。対立は拒否だから、相手から何も得られない。 - 水はいつも下へ下へ流れてゆくが、これは謙虚さを象徴している。
自分の未熟さを自覚していれば、誰からでも学べる。このような精神は道に近い。 - 水は円満で寛容。
まあいいだろう、そんなものだろうという感じ。角ばって形をつくると水から離れる。 - ことばは信頼に足ることが必要。
ことばは安っぽくも言えるが、そうしていると真実が分からなくなる。真実を話すことは水のような人間にとっての必需品。本当に必要なことばを言う。言わなくていいことは言わない。 - 政治は治まるのがよく、事はよい方向に行くのがいい。 水は農作物を育てるなど、いろいろの効能(=能力)がある。人もそうならないといけない。それにはタイミングが必要で、ここぞというときにちょっとでも水があるとありがたい。
- これが水に学ぶ生き方で、水のように生きるのがもっともよい。
対立は人の生活をしにくくする。 - 雨だれは石をもうがつ強さがある。
土石流、鉄砲水、洪水とか、そういうのは10年に一度で、後は任せておく。それで養分を吸収してすごい水になってゆく。


