
老子は、無為であればできないことがなくなる、といいます。では無為とはどんなことでしょうか。日々勉強すれば知識が増えてゆくように、日々を宇宙を動かす道の原理原則にしたがって生きていれば自分はどんどん空になってゆきます。その空っぽの自分が無為で、天下を治めることでさえ、「自ずと然り」と何事もなく王位に就くようでなければ、何か事を構えて天下をとってやろうというのでは、天下をとる資格はない、といいます。
Through Unforced Action, Nothing Remains Undone
Laozi says that through unforced action, nothing remains undone. But what is unforced action? Just as daily study increases knowledge, living each day in accordance with the principles that underlie the universe gradually empties the self. This emptiness is unforced action. Even governing the realm must be “as if of itself”—one should come to the throne naturally, not through schemes to seize power. Those who scheme to take the realm are not fit to rule it.
漢文・書き下し文と現代語訳
爲學日益、爲道日損。
学(がく)を為(な)せば日(ひ)に益(ま)し、道(みち)を為(な)せば日(ひ)に損(そん)す。
学問をすると日ごとに知識が増すが、宇宙を動かす道の原理で生きようとすれば日ごとに自分は空になってゆく。
損之又損、以至於無爲。
之(これ)を損(そん)し又(また)損(そん)し、以(もっ)て無為(むい)に至(いた)る。
どんどん空になってゆくと、無為の境地に至る。
無爲而無不爲。
無為(むい)にして為(な)さざる無(な)し。
無為であれば、できないことがなくなる。
取天下常以無事。及其有事、不足以取天下。
天下(てんか)を取(と)るは常(つね)に無事(ぶじ)を以(もっ)てす。其(そ)の有事(ゆうじ)に及(およ)びては、以(もっ)て天下(てんか)を取(と)るに足(た)らず。
天下を取るのは常に、何も事を起こさなくても自然とそうなる、「無事」によらなければならない。何か事を起こして天下を取ろうとするようでは、天下を取る資格はない。

