
大自然・大宇宙の生みの親である道とともにこの世を生きていればわざわいを受けることはなく、平安に、安泰に生きてゆけるのだと老子は言います。しかし道には美しい音楽やおいしいお料理のような魅力はなく、「道とはこんなものだよ」と語ることもできない、見えない、聞こえない、触れることもできないものだから、私たちはなかなか気に留めることはできません。それでも、この世界と全てのものを産みだした道と共に生きれば、尽きることがない。道と共に生きるとは、自分を産みだしてくれた道を思うこと、そして自分はこの世界の一部だと思い出すこと。
Life with the Tao is Inexhaustible
Laozi teaches that if we live in this world together with the Tao—the parent of the great Nature and the vast Universe—we will suffer no misfortune, but live in peace, safety, and stability. Yet the Tao has none of the allure of beautiful music or fine cuisine; it cannot be spoken of as “this is what the Tao is like.” It cannot be seen, heard, or touched, and so we rarely pay it any mind. Even so, if we live with the Tao that gave birth to this world and to all things, it is inexhaustible, without end. To live with the Tao is to remember the Tao that gave you birth, and to recall that you yourself are part of this world.
漢文・書き下し文と現代語訳
執大象、天下往、往而不害、安平太。
大象(だいしょう)を執(と)りて、天下(てんか)に往(ゆ)けば、往(ゆ)くとして害(がい)せられず、安平太(あんぺいたい)なり。
道とともにこの世を生きてゆくならば、災いを受けることがなく、平安に生きてゆける。
- 大象(だいしょう):道のこと
- 害(がい):災い
- 安平太(あんぺいたい):平安である
樂與餌、過客止。道之出口、淡乎其無味。
楽(がく)と餌(じ)とは、過客(かきゃく)止(とど)まる。道(みち)の口(くち)より出(い)づるとき、淡(たん)として其(そ)れ味(あじ)無(な)し。
美しい音楽やおいしいご馳走には行く人も足を止める。しかし道を言葉にして語ろうとしても、淡すぎて味の分からない料理のように、言葉にはならない。
- 楽(がく):音楽
- 餌(じ):ご馳走、豪華な料理
- 過客(かきゃく):通り過ぎる人
視之不足見。聽之不足聞。用之不可既。
之(これ)を視(み)れども見(み)るに足(た)らず、之(これ)を聴(き)けども聞(き)くに足(た)らざるも、之(これ)を用(もち)うれば既(つ)くす可(べ)からず。
道を見ようとしても見ることはできないし、その声を聞こうとしても聞くことはできない。それでも、道と共に生きれば尽きることがない。
- 既(つ)くす:終わる、尽きる


