論語【里仁第四】71. 片時も仁を忘れない

身分の低い巫女のシングルマザーの下で育った孔子先生は貧しく育ち、社会の底辺にいる人たちのやるせなさを憎んでいます。そこから抜け出すチャンスを望んで学び、克己により自己を確立したのが孔子先生の人生ともいえます。

儒家はお金持ちになること、高い身分を望むことを否定しておらず、孔子先生の弟子になる人たちは仕官をめざして勉強したい人たちもいました。

しかしながら、少しの時間も、非常時においても「仁」を忘れないということが富貴貧賤より大切なりっぱな人の条件だと孔子先生は言います。仁とは、他への思いやりの心、他との連帯感や一体感、自他非分離の考え方と行動のことです。

漢文と書き下し文

子曰、富與貴、是人之所欲也。不以其道、得之不處也。貧與賤、是人之所惡也。不以其道、得之不去也。君子去仁、惡乎成名。君子無終食之間違仁。造次必於是。顚沛必於是。

子(し)曰(いわ)く、富(とみ)と貴(とうとき)とは、是(こ)れ人(ひと)の欲(ほっ)する所(ところ)なり。其(そ)の道(みち)を以(もっ)てせざれば、之(これ)を得(う)とも処(お)らざるなり。貧(ひん)と賤(せん)とは、是(これ)人(ひと)の悪(にく)む所(ところ)なり。其(そ)の道(みち)を以(もっ)てせざれば、之(これ)を得(う)とも去(さ)らざるなり。君子(くんし)仁(じん)を去(さ)りて、悪(いず)くにか名(な)を成(な)さん。君子(くんし)は終食(しゅうしょく)の間(かん)も仁(じん)に違(たが)うこと無(な)く、造次(ぞうじ)にも必(かなら)ず是(ここ)に於(お)いてし、顚沛(てんぱい)にも必(かなら)ず是(ここ)に於(お)いてす。

現代語訳

孔子先生はこのようにおっしゃった。「お金持ちになること、高い身分を得ることは、人が望むことだ。しかし正当なやり方によらなければ、お金や身分を手に入れたとしても長続きしない。貧しいこと、地位が低いことは、人が望まないことだ。しかし正当なやり方によらなければ、貧困や低い身分から抜け出すことはできない。りっぱな人は、仁を実践することなくどうしてりっぱな人といえるのか。りっぱな人は、食事のときも、忙しいときも、つまづき転びそうなとっさの時にも、片時も仁を忘れない。」

解釈

  • 富(とみ)と貴(とうとき):お金と地位
  • 其(そ)の道(みち):正当な手段、正しい努力、道理・道義にもとづく自己変革
  • 処(お)らざるなり:続かない
  • 貧(ひん)と賤(せん):貧しいこと、身分の低いこと
  • 悪(いず)くにか:どこに~あろうか(いやどこにもない)
  • 終食(しゅうしょく)の間(かん)も:食事の間も、食事をすませるほどの短い時間も
  • 造次(ぞうじ):あわただしいとき、忙しいとき、あわただしく過ぎる短い時間
  • 顚沛(てんぱい):つまづき倒れる意味から転じて、それくらい忙しいとき、とっさの場合。