論語【八佾第三】64. 無官の指導者

孔子先生はご自身が生まれた国である魯で大司寇(だいしこう・警察庁長官)の地位まで登りつめるものの5年あまりで失脚、弟子たちを連れて放浪の旅に出て、周辺諸国に活躍の場を求めるも仕官は叶わず、14年間もの亡命生活を送っていました。

そんな孔子先生に面会を願い出た関所の役人は、先生と面会していた場所から出て来ると、弟子たちに、このように正しい道が行われない乱世において仕官ができないことは落胆することではない、天は孔子先生を社会の指導者としてこのように諸国をめぐらせているのだ、と激励します。

失意の14年とも言えますが、各国を周って君主と面会し、人々を啓発することが孔子先生の偉大な役割だったのですね。

漢文と書き下し文

儀封人請見。曰、君子之至於斯也、吾未嘗不得見也。從者見之。出曰、二三子、何患於喪乎。天下之無道也久矣。天將以夫子爲木鐸。

儀(ぎ)の封人(ほうじん)見(まみ)えんことを請(こ)う。曰(いわ)く、君子(くんし)の斯(ここ)に至(いた)るや、吾(われ)未(いま)だ嘗(かつ)て見(まみ)ゆることを得(え)ずんばあらざるなりと。従者(じゅうしゃ)之(これ)を見(まみ)えしむ。出(いで)て曰(いわ)く、二三子(にさんし)、何(なん)ぞ喪(うしな)うことを患(うれ)えんや。天下(てんか)の道(みち)無(な)きや久(ひさ)し。天(てん)将(まさ)に夫子(ふうし)を以(もっ)て木鐸(ぼくたく)と為(な)さんとすと。

現代語訳

衛の国境近くの町である儀の国境を守る役人が、孔子先生にお会いしたいと請うた。役人が言うには、「りっぱな先生がここをお通りになるときは、私はこれまで必ずお会いすることをお願いしております。」孔子の弟子が従者として付き従っていたので、役人を先生に会わせた。先生のところから出て来ると、役人は弟子たちに、「みなさんは、孔子先生が地位を得られていないことを憂うことはありません。天下には久しく正しい道が行われていません。天は孔子先生を世の人を教え導く社会の指導者としようとされているのです」と言った。

解説

  • この章句の背景:孔子先生はご自身が生まれた国である魯で大司寇(だいしこう・刑罰や法の執行を担当する責任者・警察庁長官)の座まで登りつめるものの5年あまりで失脚、56歳のときに子路や顔淵などの主だった弟子たちを連れて国外に放浪の旅に出ている(国外追放された)。衛・曹・宋・鄭・陳などの周辺諸国に活躍の場を求めるも仕官は叶わず、14年間もの亡命生活を送り、69歳でようやく祖国へ戻ることができた。
  • 儀(ぎ):衛の国境近くにあった街。孔子先生は、各地を放浪されている。
  • 封人(ほうじん):国境を守る役人
  • 二三子(にさんし):あなたたち(従者=孔子の弟子たちのこと)
  • 喪(うしな)う:地位を失う、地位が無い
  • 木鐸(ぼくたく):古代中国で、法令などを広く人民に示すときに振り鳴らした、木の舌のついている大きな鈴のことで、ここではそこから転じて世の人を教え導く人。社会の指導者。