老子【異俗第二十】独りを楽しむ

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「我(われ)独(ひと)り」が6回繰り返されている章句。

人間は独り。独りで生まれてきて独りで死ぬ。独りをもっと楽しまないといけない。そのときに大切なのが道と共に生きること。すると尽きることがない。自分が独りになればなるほど、道との同行感が出てくる。

孤独を恐れなくならないと一人前にはならない。人と一緒に居たら、道と一緒にいる満足感は分からない。

漢文

絶學無憂。唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。人之所畏、不可不畏。荒兮其未央哉。衆人煕煕、如享太牢、如春登臺。我獨怕兮其未兆、如孾兒之未孩。乘乘兮若無所歸。衆人皆有餘。而我獨若遺。我愚人之心也哉。沌沌兮。俗人昭昭。我獨若昬。俗人察察。我獨悶悶。忽兮若海、漂兮若無所止。衆人皆有以。而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。

書き下し文と現代語訳・解説

学(がく)を絶(た)てば憂(うれい)無(な)し。唯(い)の阿(あ)と、相去(あいさ)る幾何(いくばく)ぞ。善(ぜん)の悪(あく)と、相去(あいさ)る何若(いかん)。

学ぶことをやめてしまえば憂いがなくなる。丁寧に「はい」と答えるか、適当に「ああ」と答えるのか、どれほどの違いがあるのか。善と悪は、どのように違うのだろうか。

  • 唯(い)の阿(あ)と:丁寧に「はい」と言うか、適当に「ああ」と言うか

人(ひと)の畏(おそ)るる所(ところ)は、畏(おそ)れざる可(べ)からざるも、荒(こう)として其(そ)れ未(いま)だ央(つ)きざるかな。

人がおそれているものは、自分もおそれないわけにいかないが、そのとりとめのなさは尽きることがない。

  • 荒(こう)として:とりとめのないさま。道理に合わないさま。

衆人(しゅうじん)煕煕(きき)として、太牢(たいろう)を享(う)くるが如(ごと)く、春(はる)、台(だい)に登(のぼ)るが如(ごと)し。我(われ)独(ひと)り怕(はく)として、其(そ)れ未(いま)だ兆(きざ)さず、嬰児(えいじ)の未(いま)だ孩(がい)せざるが如(ごと)く、乗乗(じょうじょう)として帰(き)する所(ところ)無(な)きが若(ごと)し。

人々はごちそうをふるまわれたり、春に高台に登った時のように嬉しそうにしている。私ひとりが心静かで、心に思うこともなく、まだ笑わない赤ちゃんのようだ。疲れ果てて帰るところもないようだ。

  • 衆人(しゅうじん):人々、多くの人
  • 煕煕(きき)として:うれしそうに
  • 太牢(たいろう):ごちそう
  • 怕(はく)として:しずかで、心がやすらかで
  • 兆(きざ)さず:心の中に感情や考えなどが生まれることもなく
  • 嬰児(えいじ)の未(いま)だ孩(がい)せざる:赤ちゃんがまだ笑わない
  • 乗乗(じょうじょう)として:疲れ果てて?

衆人(しゅうじん)皆(みな)余(あま)り有(あ)り。而(しか)るに我(われ)独(ひと)り遺(わす)れたるが若(ごと)し。我(われ)は愚人(ぐじん)の心(こころ)なるかな、沌沌(とんとん)たり。

まわりの人たちは皆、余るほど財貨があるのに、私ひとりはそれらを捨ててしまったようだ。私は愚か者の心を持つのか、心の中ははっきりしない。

  • 遺(わす)れたる:すてる
  • 沌沌(とんとん)たり:物の入りまじってはっきりしないさま

俗人(ぞくじん)昭昭(しょうしょう)たるも、我(われ)独(ひと)り昏(くら)きが若(ごと)し。

世間の人たちは明るく輝いているのに、私ひとりが暗いようだ。

  • 俗人(ぞくじん):世間の人
  • 昭昭(しょうしょう)たる:明るく輝くさま

俗人(ぞくじん)察察(さつさつ)たるも、我(われ)独(ひと)り悶悶(びんびん)たり。忽(こつ)として海(うみ)の若(ごと)く、漂(ひょう)として止(とど)まる所(ところ)無(な)きが若(ごと)し。

世間の人たちは細かいことまでよく分かっているが、私一人が悶々としている。海に漂って留まるところもないかのようだ。

  • 察察(さつさつ)たる: 細かいところまで見逃さないこと、汚れのないこと
  • 悶悶(びんびん)たり:悩み苦しむ、悶々としている?
  • 忽(こつ)として:たちまち、にわかに?うっかりする?

衆人(しゅうじん)皆(みな)以(な)す有(あ)り、而(しか)るに我(われ)独(ひと)り頑(がん)として鄙(ひ)なるに似(に)たり。我(われ)は独(ひと)り人(ひと)に異(こと)なりて、母(はは)に食(やしな)わるるを貴(たっと)ぶ。

周りの人はみな何かを成しているのに、私一人が頑迷な田舎者のようだ。私ひとりが他の人と違っていて、道という母に養われることを貴いと思っている。

  • 鄙(ひ):田舎、都を離れた土地